蛹達の輪舞曲

♯26 〇と一

ああ、研究というものの恐ろしさを、真の意味で知らなかった俺が悔やまれる。

今になって、それがどんな意味を持つか理解出来ていればと、後悔の念にられる。


威圧を浴びた後の記憶が抜け落ちている。

死んだのか、とも思ったがどうやら違うようだ。俺はまだ生きていた。


「…………起きたのね」

いつの間にやら人間の姿に戻ったルキナを見て、俺は即座に身構える。

「私に襲撃の意思は無いわ、さすがに会長の試験体を取って喰うなんて真似しないから」


と、手をひらひらと舞わせる。




俺はどうやら監禁状態らしい。辺りには幾つもカメラが設置されていた。

起きてからは手足を拘束され、何やら機械の配線のようなチューブを身体中に付けられた。

「……これは?」

「計測用の機材よ。これから貴方を使って実験するの」


そう言うとルキナは俺の首筋に細く冷たい何かをあてがった。

「少し痛いかも」

それは俺の体内に入り込むと、血管を貫いて血の中に何かを混入させた。


注射器だった。

中の液体が何かまでは、目隠しのせいで判らなかった。


「おやすみなさい、シレン」




気が付くと、まだ視界は遮られたまま。

拘束された状態のまま眠ってしまったらしい。敵の手中だというのに不覚だ。

先ほどたれた注射は睡眠薬だったのか――――と考えを巡らせていると、ルキナは驚いた様にこちらへやって来た。


「何故……生きていられるの……!?」


そう叫ぶ彼女はどこか嬉しそうで。

俺は彼女の眼に映る狂おしいまでの歓びように、ただ黙っているしかなかった。




「……私が貴方に投与したのは、【害蟲】が睡眠薬と同時摂取すると猛毒になる『反重化ハーヴダイト』。

睡眠薬入りで投与したのに、貴方は死ななかった。それどころか――――」


彼女のその口が言った言葉を、俺は簡単には信じられなかった。

それは俺の【人生】にとって、あまりに重過ぎるものだったからだ。


「【害蟲細胞】の数が、異常値まで増えた」


その発言が意味するもの。

俺、五十和いそのわ拓舞たくまという人間の、死。

俺の『人』生はここで、終わったのだ。


「今貴方の【害蟲細胞】の値は95.5%もある。本来であれば形象崩壊を起こしてもおかしくないのに、微塵みじんも壊れない…………。

貴方は人間を超えた種にったのよ」


そう言われても、俺の耳には最早何も入ってこない。

人間に戻りたかった俺。

そのはずなのに、どこかこの状況をよろこんでいる俺がいる。

そんな矛盾した感情に絶望し、体内で沸き起こる毒を抑え込んで嗤うしかない。


「おめでとう、そして此方側こちらがわへようこそ」


そう言ってルキナは、にやりと微笑んだ。

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