番外話③ 会長創蟲記・下

ルキナと名乗るその女は猫のような目をキラキラさせ、獰猛どうもうな笑みを向け言った。

「貴方のしてしまった過ちを、自らの手で清算したくない?

…………【害蟲】を駆除しましょう」


私は何故、ルキナが研究を知っているのか疑いもしなかった。

ただ、脳裏にこびり付いたままいまだ離れないのは、彼女の猫眼と、龍にも似た恐ろしくも可憐さを帯びた美貌びぼうだった――――。


ルキナがすすめてきたのは、事が重大化する前に【研究結果】を消去する、というものだった。

それは言わば、秘密裏に行われる秘匿。

失敗を明るみに出さぬように、罪人が行う最上級の隠蔽行為だった。

「ツケというのは一周するものよ。その清算はしかし、貴方しか成し得ない。

貴方が、『部外者となる』道を選んだから」


それはどうしても、私しかあがなえぬ罪だったのだろうか?今となっては、それすらもあの眼に吸い込まれたせいか判らなくなった。

だがその時私はその勧誘(なかば脅迫)を引き受けた。

承ってしまった以上、この贖罪しょくざいは成し遂げなければならない。




私はそして、少々危険なけをした。

【害蟲】を『こちら側』に引き入れる為、自らの命をえさにして釣ったのである。

最初に釣れたのはルークだった。

彼は『元』破落戸ゴロツキで、自らの有り余る破壊衝動を何かに使いたがっていた。


<……壊して、人を救うだと……?>

「そうだ。君のその力があれば、何百何千、いや億単位で人類を救える!!」

<……俺が、救う……!!!>

こうしてルークを仲間に加え、3人で今の【連合】の前身、【むしくい社】を設立した矢先の事であった。

「私、やっぱり辞めるわ」

ルキナが突如辞表を出したのである。

理由は簡単だった。




【害蟲駆除】をする気が失せたから。




こうして【蟲喰社】、その後に結成される【人蟲駆除連合】から、ルキナという人物ははなから『存在しない』事になったのである。

私は彼女の去った後の【蟲喰社】を維持しつつ、徐々に活動範囲を拡大する事に尽力した。


大規模な侵攻が起こった際も、他の軍事勢力が【害蟲】の兵器無効化に手子摺てこずる中、【害蟲】の力を利用する事で数々の武功を挙げた。

そうして警察や自衛隊などの信頼も得ていき、一民間会社だった【蟲喰社】は一躍活躍の場を広げていく。

社名を【人蟲駆除連合】と改めた後もそれは変わらず、国の機関から『第4の自衛隊』と称されるまでに成長したのだった。



贖罪はいつからか使命へと変遷した。

あえて罪を過去と共にほうむり、使命と呼んで正当化していたのだ。

非力な自身の代わりに【研究結果】同士を争わせ、その罪業への償いを有耶無耶うやむやに逃げようとしていたのだ。


そしてそれを良しとはしない彼女が。

【〇】がやって来た。


それは恐らく、忘れさせない為なのだ。

私の犯した罪業の数々を。そしてその贖罪の責務を。

それを忘れてしまっていた私は、処罰されるに値する、至極しごくとうに間違った人間である。

いやこれも、これすらも嘘なのだ。


忘れた事にしたかっただけなのだから。

彼女はそんな私を、裁きに来たのだ。

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