♯22 蟲の報せ

その日は嫌になるほどの快晴だった。

雲1つ見当たらぬ深い青に、大概の人は幸せを感じる事だろう。…………だが。


「何かこう、しっくり来ない……」

拓舞の妹のみことは、この天気に妙な違和感を覚えていた。

かな誘拐事件の後、命はなおさらの事お兄ちゃんが怖くなった。

それなのに何か喪失感のようなものが、胸にわだかまって離れてくれないのである。

本当にもう、帰って来ないんじゃないか。

そんな事ばかり考えてしまって、実際夢に視てしまうくらいだった。




「……ほぅ、がまだ生きているとは、ねぇ……」

一方こちらは【連合】本部。

会長は部下のかぶと虫の【害蟲】、コードネーム:ルークから報告を受けていた。


実は先日、小規模ながら【刻紋壁】の崩壊が見られた。

大事を取って補修にルークを向かわせたところ、が発覚したのである。


「面倒な事になったな……。

ルーク、事は一刻を争う。君が直々に行ってくれないか?」

「……と、申しますと?」

「『元』コードネーム:シレン。

五十和拓舞を誘拐ゆうかいして頂戴ちょうだいよ?」

「仰せの通りに」




それと時を同じくして、拓舞。

遠くから近付いて来る羽音に耳を澄ませ、【それ】が来るのを待ち受けていた。


「……来る事が解っていたのか。ならば話が早いな」

珈琲コーヒーでも飲みます?」

「牛乳で割れよ、砂糖多めに入れてくれ」

「はいはい」

馬場とは前回の出会いですっかり腹を割って話せる様になった。

どうやらお互い、人としても蟲としても気が合うようである。

蛾と馬蝿、ヲタク学生と変人教師。

嫌われている者同士、打ち解けるのに時間は掛からなかった。


ところがそこに、突如水を差しに来る奴が一匹。遥か遠くの羽音が聞こえる俺には、抑制した飛行も無駄な行為である。

しかしまた随分と――――強い羽音だ。

相当高速で飛んで来ているか、或いは……。

「……ダンデ」

「おう」

俺が彼をダンデと呼ぶ時は、それは即ち戦闘の時である。

「やるぞ」

「……そうだな」

互いに確認するか否か、かく塵埃じんあいにも満たぬ間だった。


破裂音と言って差し支えない爆音が、俺のすぐ目の前でいた。

衝撃波の隙間に見えたのは、無慈悲と鉄血をよろ眼差まなざしだった。

そのあまりの非生命的威厳に、俺は震え上がる。

その冷やかな光沢をまとう姿を見て、すぐに解った。

目の前の弾丸は、【連合最強の害蟲】。

兜虫の能力をその身に宿した、最凶の男。

コードネーム:ルークだった。


俺はもちろんの事、ダンデも彼を知っているようだった。当たり前だ、最強ともあれば知らない者はいるまい。

最早何をされるか解ったものではないが、口にするだろう宣告をただ黙って待つしかない。

いや、声など出せるはずがない。この神々しいまでの威圧的存在感を前にして、言葉など出せようものなら真の勇者か世紀の阿呆アホくらいだろう。


<……五十和拓舞……>

その一言だけで、萎縮いしゅく畏縮いしゅくもさせてしまう。

何だ、俺はこの鋼鉄の神に何を言われる?

<……貴様を誘拐する……>

はい、解りました。とは安易に言えない。

かしこかしこみ、目の前の弾丸に持てる限り最上級の敬意をもって丁重にお断りしなければ。

……と思ったのだが案外、神さまは強行手段がお好きだったようだ。


<……これは命令だ、連れて行くぞ……>


俺はこうして、鋼鉄の兜虫に誘拐された。

あまりの威圧に終始声を出せず、息するも最小限に抑えて、ただ連れ去られるがままでいるしかなかった。

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