♯20 瘡蓋(かさぶた)

俺、拓舞はハーネスを一旦倒した。

ごうを幾重にも重ね――――あくまでそれは【人蟲駆除連合】という、この世界における正義の側から見た場合の話かも知れないが――――、おとがめを受けても文句の言えぬ立場になった俺。

実際、俺の元に【処刑人】がやって来たのは奏を救ってからたったの2日後の事である。


馬場と名乗るソイツは、どうやら俺の行動を全て監視していた様で、何の前触れも無く現れた挙げ句不意を突いて襲撃してきた。


不意討ちは相手を知る事で為せるわざである。

俺にとっては災いでしか無かったが、俺自身『もっと【害蟲】に関して知りたい』という知的好奇心があった。

この闘いを通して、【害蟲】を知る。そしてそれは俺自身をる事にも通ずる。


そうなる、はずだったのだが。




「……はぁ?」

「だから、戦う気は無いと言ったのだ」


不意討ちしたのは悪かったが、こちらに襲撃の意志は無い。

馬場ことコードネーム:ダンデライオン(以下ダンデ)はそう言って、矛盾の理由を説明した。


説明が長かったので要約すると、ダンデは【刻紋壁】に無遠慮むえんりょに触ったりする俺に対し、忠告しに来たという。

どこをどうしたらこの説明で10分も掛かるのか。誰かその弁舌を教えてほしい。


「……で、俺への忠告とやら。

あの壁がどういった物でどんな危険が有るものか、手短かつ簡潔に説明出来る前提で聴こうじゃないか」

「……済まないが、若干話が長くなる」


やはりここでも要約が必要と見た。

ここから記すのは俺が聞いた一時間弱の説明付き忠告を、まとめて要約したものである。


まず、壁の材質は【石化ハーヴダイト】という化学物質で、発見者は不明。少なくとも。虫の類のみを寄せ付けない特殊な物質らしく、俺の様なタイプはごく稀だとか。


仮に虫が触れたとして、高密度で含有がんゆうされている【ハーヴダイト】という有害物質が作用する為、ほとんどが死滅するのだという。

俺ってばよくそんな物触ったなおい。


「……とりあえず、あの壁の危険性は解っただろう?あれは【蟲としての割合】が高ければ高いほど有害となる。

恐らくお前レベルなら、相当効くハズだが」

「……そういや何で効かないんだろうな」

「知った事じゃないな」


ダンデはそう言うと、きびすを返し背中をこちらに見せてぼそりと呟いた。


「なぁ、お前は蟲が嫌ではないのか?」


「……まぁ、大分慣れちゃったというか。成ってしまった以上受け入れるしか無いのかなぁ、って思う事にしてる」


「……率直に言ってうらやましい限りではあるが、俺には無理だ。お前の様にタフには成れないな」


「俺だって辛いよ?」


「では何故笑っていられるのだ?」


「……多分蓋ふたなのかな。自分を押し込めておく為の。自分すら押し込めて蓋できっちり閉めておかないと、溢れ出しそうで怖いからさ。俺、家族も友達ももういないし」


「……傷口を開くような真似をしたのは謝る。だがもう1つだけ聞かせて欲しい。


その質問に、俺はすぐに答えを見つける事が出来ない。『ハーネスを倒す』という目的が果たされた今、【連合】から遠ざかる必要性は確かに無いのだから。

だが俺はあえて、その答えを探した。

どちらにせよ、俺がいずれ知らなければいけない事だと思う、そんな事を。


「この目で【真相】を見るまでは、何だろうと帰れない。

この壁の向こうに何があるのか。

いつから【害蟲】が現れ、人類を侵攻し始めたのか。

そして……【害蟲】とは何なのか」


それを聞いて、ダンデは頭をポリポリと掻いた。

「……いやまぁ、何と言えば良いやら。

今お前が言ったうちの1つ。

『いつ【害蟲】は人類を襲う様になったか』というのなら答えられる」

「本当か!?」

「ああ、嘘は言わない主義でな。


【害蟲】が人類を襲い始めた時…………それは即ち、だ」

俺はその言葉に、耳を疑うしかなかった。

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