♯19 妹の見た【害蟲】兄貴

ぶつかり合っているのは互いの熱か、それとも意地か…………。

これは兄貴の視点ではない為に、推し量る事は出来ない。

あくまで奏、という妹から見た勝負である。


兄貴が嫌いな私にとって、この勝負は最初どちらが勝ったとしても地獄に転ぶものだろうと思ってばかりいた。

兄貴が帰宅した際、責めて追い返した責任を最も重く感じていたのは、恐らく私だから。

私はてっきり、兄貴が復讐の為に、この【害蟲】に頼んで誘拐ゆうかいしたのだとばかり思っていたのである。


だが、違った。

この【害蟲】は兄貴をおどすか、それに準ずる理由で誘拐し、ここに連れてきた。

兄貴は兄貴で、それを止める為にのこのこ現れたのだ。


全く、自分の命もかえりみないなんて馬鹿な兄貴だ。…………だけどその馬鹿が、今この時ばかりは嬉しかった。


だからこそ、


「何で来たんだよ兄貴ィ!!このバァァカ!お前なんか来なくたって私一人で何とか出来たもんね、お節介!世話焼き!出べそ!!」


「黙れ雌ガキ風情が」


【害蟲】の意識が、その瞬間だけ

それを察してか否か、兄貴は持ち前の瞬発力を発揮して無意識に動いた。

体のパーツがほとんど動かない、非常に硬い動き。しかしそれは『意識をさせない』事に関してはかなりひいでたものである。


「……?」

「……!!」


そこに言葉は無い。

気付かなかった蟲と殺気立て気付かせた蟲。

私に至極しごく近い範囲で繰り広げられるのは、須臾しゅゆの間の一撃。


拳の軌道の残滓ざんしが残像として網膜もうまくに焼き付く時には、私は既に【害蟲ゆうかいはん】から解放され【害蟲アニキ】の腕の中にいた。

何故だろう、決して筋肉があるとは言えない程細い腕が、今は何よりもたくましく感じる。


相手――――後にハーネスという名前を知った――――はまだ生きていたが、私を使っての脅しは諦めたらしい。

倒されたままの姿勢で、兄貴に叫んだ。


「シレン!お前はそれで良いのか?

俺とやり直そう、って気は無いのか?

行く宛が無いなら、もう一度――――」

「済まないが、妹の敵と手は組めない。

そこまで堕ちたと思われているんじゃ、俺もナメられたモンだな」


ハーネスの誘いを一蹴し、私を腕に抱いたまま、兄貴は私を家に送ってくれた。




その帰り道。兄貴はポツリと呟いた。

「……行く宛が無いのは事実だ。けど、やっぱり家には戻れない。怖がっているお前達の顔を、見ていられないから………………」

「兄貴…………」

やけにその顔は哀しそうで、しかし何もしてあげられない私が憎くなった。

「私、さ。何も持っちゃ無いけど……でもこのくらいなら、してあげられるから」

恥ずかしさが頭をよぎったが、ええいままよ、私は勢いのままに兄貴のほほくちびるを重ねた。

兄貴は動揺したのか、ひたいからドバドバ汗が出ている。

「な……何で…………!?」

「お疲れ様、……あと…………ありがと」

「え、最後何て言った?」

「何でもない!」

私は五十和いそのわかな

兄貴の拓舞の事が大嫌いな――――正しくは大嫌いを演じている、しかしそんな事言ってあげられない――――、嘘つきな妹。

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