成虫の狂想曲

♯14 裏切りの罪

それは残酷な始まりに過ぎず、世界を見渡せば悲劇としてはあまりにちっぽけで。

奇跡と呼ばれ得る混沌の、ほんの序曲。


ここから、本当の劇が始まるのである。




五十和拓舞。コードネーム:シレン。

【蛾】の【害蟲細胞】を所持し、駆除団体【連合】に所属する殲滅者。と同時に対【害蟲細胞】用抗体の盗者コードネーム:ハーネスの暗殺を任ぜられた暗殺者である。

が、作戦は失敗。

責任を追及され【連合】を自主離脱。

シレンの名も棄て放浪しているという。




シレン…………いや拓舞は居場所を求め放浪していた。いや、或いは墓場でも探していたのかも知れないが。

どちらにせよ彼は、シレンとしての彼は死んだ。今の彼は、五十和拓舞という男子高校生以外の誰かではなく、他の誰にもなっていない。

しかし高校へ通うでもなく、実家へ戻って引きこもるでもなく、街の中を放浪し続けていた。

どうも彼に、帰省や反省といった感覚は無いようである。そも居場所も何もない。

彼の失敗が直接引火し、早かれ遅かれこの世界は崩壊し、破滅を迎えるのだから。




【害蟲細胞】用の抗体、それを盗んだ張本人コードネーム:ハーネス。

彼女の暗殺に失敗した直後、俺は会長からその事実を知らされる事になった。


「……ハーネスが盗んだ抗体入りのビン。あれには少し仕掛けがあってね、こちらで細胞の状態をモニタリング出来るんだけど」


こちらに差し出してきた液晶画面に、波形のグラフが表示される。

「これによると、みたいなんだよね。

どうやら、対人でも効く様に成った」

「どういう事ですか」

「あれが投下されれば、人類は滅ぶよ」


これは最悪の事態だった。

他の生物を全て治め管理する事など、人間には不可能である。

それを理解していながら会長は、その禁忌に手をけがした。そしてその責務を部下に丸投げし、当人は知らん顔。

本当の成功者は、過ちを犯せば自らの非を認め、道を踏み外せば責任を果たすのが全うな在り方である。

しかし彼は自分の座る椅子いすにしがみついていたいばかりに、その椅子に亀裂きれつを入れている事に気が付いていなかったのだった。


生物兵器に生物兵器おなじもので対抗しようと画策かくさくした生物学者かいちょうは、こうして堕落だらくした。




だが、それで終わる訳ではなかった。

彼は密かに、全く異なる種での生物兵器を生産していたのだから。


遺された【連合】の面々はそれぞれ【奴ら】の駆除に動いたが、俺だけは奴らとこぶしを交える事なく街を彷徨さまよった。

そこに特に意味は無い。

自分勝手に生きる事にしただけだ。

それなのに。

「五十和拓舞を指名手配しろ」

そんなお触れが出て、俺は自由ではなくなった。むしろ、追われる身に成り下がった。


俺、五十和拓舞は放浪者。

そして――――、罪人である。

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