♯12 対価・代償・秘密

「まさか。そんな訳無いだろ!」

会長の告白を、しかし俺は否定した。

父さんが【害蟲】だと?そんな事あるはずがない。

「信じないならそれでも良いが。どちらにせよ君は【害蟲】でいる事によって、いずれそれを後悔し、感謝するだろう」


後悔と感謝。あい反する2つの感情を同時に想う事などあるのだろうか。


「話の本題に移ろうか。そろそろ本当に話したい事と言うのを教える頃合いだろう」

「何…………?」


会長は口元に微笑を浮かべ、手元のビンを机の上に置いた。

「これはどちらにしろ君にあげよう。

これから払って貰う対価に比べれば、こんなものは無意味だ」

「……」

どういう意味だ、と言うところなのだろうがそれどころではなかった。


抗体が意味を失う程の価値ある対価とは、一体何が有るというのか。


俺の心はむしろ、そちらに惹き付けられていたのである。

「君に」

言いながら会長は1枚の液晶画面を、俺に向け見せてきた。

「コイツの暗殺を命ずる。

コードネーム:ハーネスの首を獲れ」


画面に映っていたのは、机の上の抗体と同じビンを懐に隠す様に持ったハーネスさんだったのだ。

「……何で……ッ!!」

裏切りだった。

俺の中で、ハーネスさんに対する信頼やら憧憬しょうけいやらが、音を立て崩れていく。

「彼は人類の希望を盗んだ。

その代償を、命をもって払って貰うのさ」

「…………」

頭の中が赤く塗り潰されていく。

この時俺は、言葉も失ってしまうほど、感情が原始的な地点に回帰していた。

「さぁ拓舞くん。……君の使命を果たせ」

「…………承った」


怒りやら何やら、ごちゃごちゃに混ぜられた独特の感情を抱き、俺は心のままに駆け出した。

外に吹き荒れる嵐にも構わず、後ろに追随するアルナに声を掛けるでもなく、言葉通りただただ走り続けた。


そうして俺が再びハーネスさんの元へ戻って来たのは夜も更けた午前3時の事。




彼は今頃、寝ている――――。

そう思っただろうアルナが、俺が行くより先に出ようとして、俺は腕を掴む。

「待て。この時間は居間にいる」

「こんな夜中に?」

「あの人、寝ないタイプだから」

「まさか」


アルナは信じなかったが、確かに彼は寝ない。少なくとも俺が一緒にいて、その寝顔を拝んだ事はただ一度とて無いのである。


「風呂に入ったところを狙う。武装も無いし無防備だからな」

「……私、やっぱり無理」

「無理矢理でも殺るんだよ!そうじゃないと会長が……」

「ああもう!解ったわよ!!」


そんな喧嘩けんかをしつつ、監視を続ける。

こういう風に女の子と喧嘩するの、いつ振りだろう。

と、ハーネスさんが風呂に入った。

どうやらアルナは気が付いていないらしい。

「……アルナ、ハーネスさんが風呂に入った」

「何でこの角度で解るの、まさか超能力?」

「いや、何か視界の端で見えたんだよ」

「まぁ良いけど。さっさと殺りましょう?」

「だな」

こうしてハーネスさんの家に侵入した俺たちだったが、この時ハーネスさんが隠している秘密を、まだ俺の目は捉えていなかった。

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