♯10 都へ

俺の住む町はいわば辺境の都会である。

分かりやすく言えば少し大きい田舎だ。


俺の住む日本という国はどうやら、その国が存在を認めたくない奴らに既に蹂躙じゅうりんされている。

あるいはそこまでの被害をこうむっていなくとも、それにじゅんずる形である。

彼女……アルナに連れられ訪れた都・東京はとてもかつての理想郷とは思えぬ姿だった。


焼けつぶれた建物の剥出むきだした鉄骨、瓦礫がれきだけで造られた灰色の稜線りょうせんせて何が記されていたかも解らぬ紙切れ……。


それらが舞う、まさに絶望郷ディストピアだった。


「会長は」

突如とつじょとして呟き始めたアルナ。

俺はそれをただ聴く事しか出来ない。

「【害蟲】の長なのに超が付くほど、蟲が嫌いなの。

それこそ、【駆除】出来ないくらいに、ね」

その言葉が意味するところを、俺は数拍すうはく置いて理解するに至った。


要するにそれは、会長は実力によって会長たらしめる訳では無いのだ。

もしかすると、普通の人間かも知れない。

もっと言ってしまえば、蟲という種の生物を自己の周囲から絶滅ぜつめつさせる為に、恐らくこの町を絶望郷へと造り変えた、ある意味【綺麗好き】な生物。


「…………嵐が来るわ。急いで」

嵐……?

俺の目には少なくとも、それらしい旋風せんぷう予兆よちょうとなり得るものは見えない。

「まさか、【眼】が使えないの?」

「?それってどういう――――」

ダッシュ。

アルナは返答もしないまま駆け出した。

まるで応えるいとまもないほど焦っている様な、そんな風に。


「もっと早く気付いていれば!!」

アルナは何かから逃げる様に全速力で走りながら、俺に対しそんな事を叫んだ。

本当に余裕が無い様である。


そして目前に、1つのとうが現れる。

「あの中へ走って!!」


俺はそして手を離され、アルナによって塔の入り口まで投げ飛ばされる。

言われるがまま、何者から逃げているかも解らぬままに塔の内部へと急ぐのだった。





上に昇る為の階段と昇降機エレベーター、そして非生命的なユニットが全てを占めた空間は、一人でいるにはあまりに心細く感じられた。

『――――誰だ、アルナか?』

遥か上からだろう。塔の中を響く男声が、俺の気配に気付き問うた。

「会長、お待たせ致しました」

いつの間にか後ろにいたアルナが応え、俺は昇降機ではなく階段に案内される。

「今からそちらに向かいます」


階段を昇る間、アルナは言った。

「会長は貴方が、一般市民の出でありながら【害蟲】に成った事に、凄く興味を抱いている。

これから問われる事は、貴方の眼から見た世界の事。

くれぐれも会長に対し、粗相そそうの無い様に」


さて、と一旦息をいて。


「この扉の向こうに、会長が待っている」

緊張で胸が詰まる。

が、ここまで来たからには引き返す事も出来ないだろう。

息を吸って、深く吐く。

扉を丸めた中指で三回叩くと、向こう側から『入れ』と声がした。


「――――失礼します」

ノブを捻る。

少し軋んだその向こうに、椅子に座る影が見えた。

「待っていたぞ、五十和拓舞くん」

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