♯8 少女

精神こころられた、と言う他無い。

俺は肉体的な損傷そんしょうは一切無かった。或いはあってもすぐに治った。

どうやら俺の鱗粉には治癒力もあるらしい。

ただし俺専用だけど。


先の戦闘で、俺は本当の意味でいのちを感じた。

憎たらしい事に、敵から奪う事で命の重みを知ったのだ。

それからもう、何にも触れていない。

触れる事で、殺してしまう。

自分の持ってしまった能力の害悪性に恐怖して、そのまま立ち直れなくなってしまった。


そして何より、戦闘が終わったあの時。


敵を倒した事より奪う事に快感を覚えた自分がいた事が、何よりも怖かった…………。




「……?」

俺の顔を、小さな誰かがのぞき込んでいる。

幼い女の子だった。

「たたかうって、こわいの?」

「……あぁ。怖い」

「なんでこわいの?」

「自分が自分じゃなくなるから怖い」

「じゃあ、じぶんってなに?」

「……………………」

答えられなかった。自分とは何か、そんな事考えた事も無かった。

きっと、少なくとも今まではその答えが必要では無かったからだ。

というかそもそもこの娘は誰だ!?

小さな女の子が、何故こんなところにいるのだろうか?

「こんにちは!」

「こんにちは……?」

「私、アルナ!お兄さんは?」


見た目からしても外国の生まれだと思う。

檸檬レモン色でつやのある髪の毛をセミロングにして、フリルいっぱいのワンピースを着ている姿は、さながら天使だ。


「……シレン」

思わず、自分の名前をつぶやく。

め息が出るほどの幼さ可憐かれんさに、非ロリコンの俺でも見蕩みとれてしまった。




コードネーム:アルナ。

本名:ウル・W・ヴァルフリード

ちょう】の細胞を所持した【害蟲】。

【駆除】数は【連合】内では10本の指に入る。その数、累計35体。

別名、【蒼穹そら災厄あやまち】。




そう言って皆、寄り付く事すらしない。

怖いから。

でも、俺にはそんな化け物になんか見えていなかった。もし仮に彼女が化け物であったとして、俺も同じようなものである。

そこに拒絶したり忌避きひしたりする理由が無い。


「お兄さん、たたかうのきらい?」

「好きでは無いかな。つい今日、初【駆除】だったんだけどさ、手の震えが止まんない」


「たたかうのがこわいんじゃないよ、それ。きっとそれは『じぶんがこわい』の」

「!!」

自分が怖い?自信過剰も良いところだ。

そんな事考えるのは、己の力が強いと信じる者だけだろう。




――――命を奪えるだけの力、あるじゃん。




「『じぶんがこわい』ときってね。

『じぶんがきらい』なときなんだよ?

じぶんが『どれだけすごい』か、わかんないときなんだよ?」


何だろう。

この娘の言っていること、俺は前にも何処どこかで…………?

と、突然頭が痛む。中学時代からの『気圧きあつ頭痛』がり返したらしい。

かねいた音みたいに低くぼやっとした痛みが全体的におおう。


「お兄さん……!?」

何故だ、何故こんなに頭痛が激しい?

気がくるいそうになる激痛が頭全体をシェイクしていく。

意識が明転めいてん暗転あんてんまわまわって意識が行き着いた先は、気絶という舞台だった。

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