♯7 初陣②

ハーネスさんは作戦を成功させる。

そう信じていた。


――――!!


視界に入ったのは悲劇。

犯人の蚯蚓ミミズ男は俺に目もくれず、ハーネスさんの方へ駆け出していったのだ。


誤算だった。いな、俺が未熟過ぎた。

こうなる事も想定出来ていれば、別ルートでの作戦も考えられただろう。


だが、覆水不返ふくすいふへん

起きた事は元には戻らない。

どうする。

どうやって蚯蚓ミミズ男をたおすか――――――――。


俺はコンクリートの地面に接近しながら、蚯蚓ミミズに捕まったハーネスさんの方へ手を伸ばしていた。


――――今、奇跡でも起きて翔べたなら。

――――仲間を守る為に力が使えるのなら。


その為なら、【害蟲】にでも成れる。

いや、その為に【害蟲】に成ってやる。




背中のはねがその決意に応えるかの様に、勢い良くひろがっていった。

決して美しい訳ではない。

泥で染めたみたいにきたない翅だ。

しかしその時ばかりは、輝いた。

覚悟したいのちほど、まぶしくきらめくものはこの世にはないのである。


自己じこ犠牲ぎせいの精神、後悔を克服こくふくした生命の、細やかな願いの叫びに、祝福は与えられる。


人はそれを、奇跡と呼ぶのだ。




くうぎ、はねが震えると同時に俺は風になった。

ジェットコースターに勝るともおとらぬ速度でかれた虚空こくううなりをげる事は無く、灰色ビルだらけの景色は濁流だくりゅうごとく背後へと消え去って行った。


「……蚯蚓ミミズ……!!」


わずか一瞬の事。

蚯蚓が振り向くやいなや、その首を両腕でめる。

飛び付いて掴んだからか、奴の喉仏のどぼとけは軽くつぶれた。

『う゛っ』といううめき声を意識のすみで聞きつつ、手先に集中する。


「これでもらえ…………ッ!!」


鱗粉一つひとつが独立した生命の様に、腕をい指を這い、首を伝って奴の皮膚ひふに触れた。

「ぐっ……?グォオォォォオッッ!?」

思いがけぬ刺激に対処出来なかったらしい。

蚯蚓ミミズは自らの首を根本から吹き飛ばした。


その行動を待っていた。

すきを突いて体を蹴り飛ばす。

無論見えていない蹴りを避けられず、蚯蚓の体はハーネスさんを離し宙を舞った。

だが奴に対する物理的な攻撃は、致命傷にはならない。


とどめには、やはり乾燥しかないのか。


「ハーネスさん、空調パネルに【棘】飛ばせますか!?」

蹴って傷を与えた蚯蚓ミミズの体をかついで、ハーネスさんに問う。


「……【ソーン】……ッ!!」


彼は【雀蜂スズメバチ】の細胞を持った【害蟲】。超高速飛行、毒針の投擲、皮膚の硬化などの能力があり、攻守共に優れたタイプ。

その中でも【棘】は毒針を射出するもので、物理的な破壊力も毒の有害性も高い。


俺はこの破壊力に懸けた。

空調パネルを破壊し銀行を砂漠並みに乾燥させられれば、確実に蚯蚓ミミズを【駆除】出来るとにらんでいたのだ。


「じゃあな【害蟲】共!!」


俺は銀行の中へ、蚯蚓ミミズを投げ込む。

どうやら人質は戦闘中だった数分のうちに避難が終わっていたらしい。

だとすればもう、躊躇ためらう事は無い。

丁度【棘】が空調パネルを滅茶苦茶に破壊して、銀行に乾きの嵐が吹き荒れる。


「駆除完了――――!」


嵐の中でくしゃくしゃに乾涸ひからびて蚯蚓ミミズ

その無様な最期が、いつかの路上の乾き切ったむくろと重なって、少し哀しくなった。

「……犯罪者とはいえ、一つのいのちうばった……奪ってしまった……」

自分の手に今更、首を絞めた感触がよみがえる。

震えおののく肩を抱いて、俺は自分のした事がどれほどに重いか、深く深く考えるのだった。

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