♯6 初陣①

雨が降った。

実に不快な目覚めに、俺は既にぐったりだった。

頭痛が酷くなっていた。


「なぁシレンよ、ちょっと良いかい?」

「ハーネスさん。いきなり居るのは心臓に悪いですから出来ればノックとかあれば」

「すまんすまん。つい、ね」


ハーネスさんはどうやって、施錠せじょうしてある俺の部屋へ入ってくるんだろうか。

まぁそれを問うのは今度でも良いや。

「ところで何ですか?話があるんですよね?」

「あぁそうそう!

……キミの初出動になるかもよ」

「え?」


戸惑とまどう俺をよそに、ハーネスさんはテレビの電源を入れた。

丁度ニュースをやっていた。

『次のニュースです』

キャスターの言葉と同時に現れる映像。

箱から放たれる光が水晶体をくぐり抜け、視覚から神経へつたい、脳ミソに刺激を与えていく。


『着ぐるみを着た男が、街の中心で無差別殺傷。その後銀行にて30人ほどを人質に立てこもる事件が発生しました。

犯人は【同胞ピーチフッドを解放しろ】と要求しており、警察は男の身辺を調査しているとの事です』


キャスターの言葉はおかしかった。

人質の安否を告げず、犯人の要求に対する警察の反応の矛盾も感じていないようである。


「気付いたかい?」

「はい」

「時間が無い、この着ぐるみ男の所に行くよ」

「――――はい!」




数分後……銀行窓口。

犯人は実に奇妙きみょう格好かっこうだった。

何せ、全身がぬめりのあるピンク色。四肢ししから胴体どうたいにかけてが環状かんじょう筋走すじばしった、【人とは違う者の姿】だった。


「アイツは蚯蚓ミミズだねぇ……」

道路向かいのビルから【奴】の姿を見て、ハーネスさんはぼそっと呟いた。

「奴は面倒臭い。不死身だし」

「そうなんですか!?」


厳密には不死身ではない。

しかし、体が真っ二つになる位では死なないという、結構凄い肉体を所持している。

俺はよく家庭菜園で母さんといちごを造るついでにいじっていたから解る。


「銀行の中の湿気を取れれば倒せます」

「なるほど。試す価値は大いにあるね」


水分の多い地中ならどうという事はないのだが、路上に出て移動する場合、奴らは乾いていて熱いアスファルトの上をう。

当然、道の上で乾涸ひからびて死ぬ奴も少なくない。

俺はそんな事を思い出して、作戦を立てたのだった。


どうやらハーネスさんも、そこに関して理解してくれたようだ。有難ありがたい。


「……じゃあ、作戦開始!!」


ときの声とまでは行かぬが、血のたかぶりを胸の奥に感じビルを飛び降りる。

飛行訓練も無し、戦闘の手解てほどきも無しに、命をける――――。


俺は犯人の注目をく為のおとりだ。

大丈夫、ハーネスさんが作戦を成功させてくれるはずだ。

――――そして、火蓋ひぶたが切られた。

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