♯4 蛹―さなぎ―

俺が蛾になって3日が経った。

未だ俺は家に帰れない。というのも【害蟲】になってから数日の間は拒絶反応による発作が起こる可能性があり、間違えば【駆除対象】になりかねないかららしい。

鱗粉りんぷんが水を吸うと重くなり過ぎて動けなくなる為、満足に風呂にも入れない。

恐らく、海水浴は2度と楽しめないだろう。


蟲になって良い事は今のところ無い。

残念ながら能力が完璧かんぺきには発現していない為、空を翔ぶのは危険らしい。


俺は何故、蛾なんかに成ったのだろうか。




と、ハーネスさんが俺の元へやって来た。

「あんまり楽しくないだろう?」

この人と話すと心の底まで見られていそうで少し怖い。

だが話し相手はいる方が何倍も楽しい。


「私と一緒にゲームでもしないか?」


その手には、テレビにつなぐタイプの家庭用ゲーム機が握られていた。

「鱗粉ってのは無機物には反応しない。ってことはゲームなら出来るだろう?」

「……!」

そう、なのか…………。

俺はあまりにも、自分の成った蛾という奴を知らな過ぎた。

仕方無い。これからの為にも研究しなければなるまい。

だけど今は、ゲームやろう。




ハーネスさんが持ってきたカセットのうち、弾幕だんまくSTG《シューティング》をする事にした。

横スクロールで、流れてくる弾を避けていくスタイルのものだ。

ハーネスさん、滅茶苦茶めちゃくちゃゲーム上手い。

スレスレで避け、追加点が伸びていく。


「まぁこれでも、【連合】に入る前はゲームで世界大会行こうとしてたし」

すごい。何か俺には到底とうてい届かない位置で戦っていたんだ、この人。


「まぁでも、蟲に成って夢は御陀仏おだぶつさ。最初は憎くて仕方無かったの何のって」

――――まさか。

ハーネスさんが俺を【連合】に誘ったのって。

「……何かキミを見てると、昔の自分みたいでさ。つい重ねて見てしまったんだ」

笑ったその顔が、俺にはまぶしかった。

気が付けばゲームそっちのけで、俺とハーネスさんは、夢だった事とか成りたかった職業とかを話し込んでいた。


俺はその時まだ、気が付かない事に気付いていなかった。

何故、このタイミングでハーネスさんは夢の事なんか話したのか。

何故俺がその時、ひまで仕方無い事を察知さっちして、しかも弾幕STGを持ってきたのか。


しばらくしてハーネスさんが帰った後も、俺は気が付かないのだった。




夜が更け、しかし眠れない俺は自分の体を見てみる。

姿見に映された俺の、ボロボロに粉の吹いたまだらの肌……。

背中からはとうとう、小さいながらはねが生え始めていた。

あまりに人とはかけ離れ過ぎた俺の姿に、辛くて涙があふれて止まらなかった。




もうすぐ、あと1時間もすれば蛾になって5日目。

未だ俺は家に帰れない。

俺はもう、普通には戻れない。

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