♯3 不可逆

「……キミはイソノワ タクマ君だね?」

「はい」

病院での精密検査を受けさせられた俺。

目の前の医者は、【連合】に協力している獣医師の佐原木さわらぎ

「残念だがキミは【害蟲】に成った」

「…………え?」

「死ぬか苦しむかを選んでくれ。

どちらにせよ、人として生きる事は出来ない。【害蟲】のまま生きるのはひどく苦しいものだから……」


ついていけない。

俺が【害蟲】になった?

【連合】……いや国の敵に成った?


「ちょっと待って下さい!それじゃあ俺どっちにしたっていつか死ぬじゃないですか」

「そうさ。死ぬまでの期限を決めるだけ。ここで安楽死させる事だって出来るけれど、どうする?」

「嫌ですよそんなの」

そりゃ死ぬのは嫌だ。

まして人じゃなくなっただなんて信じられもしない話、受け入れられるはずもない。


「……なぁタクマ君。一つ提案があるんだが聞いてくれるか?」

「何ですか、どうせ死ぬ身ですから良いですけど」


「その、なんだ。キミがもし良ければの話なんだが…………【連合】に入らないか?」




【連合】に入らないか?

思わぬ方向だった。

俺が戦うのか?同種……といっても蟲と。


俺は蛾に噛まれた時、人間としての細胞が蟲寄りになってしまったらしい。

その割合、実に85%。

佐原木医師も『割合的に治せない』と断言したその数字は丁度、【害蟲】としてかなり力の強い部類【ランクA++】に位置するという。

「考える時間をくれませんか?」

俺は病院のベッドで一時間ほど、考える猶予ゆうよもらった。


こうしている間にも俺の手は変化している。

細胞が変質し、模様が現れ始めた。

ちょうや蛾のおすによく見られる、まだら模様だ。

そして鱗粉りんぷんおぼしき粒子りゅうしが、体のあちこちから吹いてきた。蛾の鱗粉は人間に有害である。


もうこの手で、誰かに触れる事も出来ない。

触れる事があるとすればきっと、その誰かの命を奪う時だ。

好きな人くらい俺にだっている。違う高校に行った、恩人であり親友だ。

だ告白もしていない。しかしもう、彼女にそれを一生伝えられない……。


後悔を越えた何かが、俺の意思を固めた。


「……決めたよ。俺、【害蟲】と闘う」

「その言葉を待ってた。私はハーネスだ」

俺は聞き慣れない英名えいめいに少し戸惑とまどったが、今日の出来事に比べればどうって事も無かった。

よろしく、ハーネスさん」

「キミも何か名乗ってくれ。でないとキミを呼べない」

「……えぇぇ……」

困った。コードネーム的な奴を自分で考えさせられるとは。

しばらく考えた末、俺はこう名乗った。


「……俺は、俺の名前はシレンだ」

ハーネスは聞くなり微笑ほほえんでこう言うのだった。

「ようこそ、シレン」

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