♯2 モスキート

俺の学級、【1‐C】は占拠せんきょされた。

しかも、法的組織(自称)に。


【人蟲駆除連合】……。

奴ら自身の説明によれば、その組織は国がまだ存在を認めていない【第2の高知能生物】である【害蟲】が人間の脅威きょういになる為、駆除という手段をもって対抗しようという、まさに害虫駆除団体。


「私達は自衛権の行使を国に承認された組織。

要するに【第4の自衛隊】だ。如何いかなる場合であれ、私達に攻撃するのは国に攻撃するのと同じ。

高校生なんだから、その位解るな?」


担任が社会科の教師だったから、余談で聞いた事がある。

『自衛権を持っている者に攻撃した場合、あるいはその者の領域を侵犯しんぱんした場合、無差別に攻撃可能となる』


要するに俺達がもし、この人達に下手に手を出したら、彼らが腰にげた銃で射殺される――――。


脅迫きょうはくだった。権限を垣間かいま見せ、俺達を束縛そくばくする為の。

あるいはそれは、俺達の中にまぎれているだろう【害蟲】をおびき寄せる為のあおりにも取れた。

と、【連合】の一人がこちらをずっと見ている事に俺は気が付いた。


まさか俺だと思っているのか?


「…………ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!!」


突如響いたわらい声に驚き、身を縮ませる。

丁度ちょうど俺の後ろにいたクラスメイト、安堂あんどう泰正やすまさのものだった。

「ちょっと来いやタクマぁ!!」

いつもとは違う任侠にんきょうの様な口調に、俺は困惑したまま襟首えりくびを掴まれた。


「危ないッ!!」

銃声が鼓膜こまくを突く。

【連合】が発砲したのだ。

しかしそれをひらりとかわし、安堂は宙に舞った。

文字通り、奴は空を翔んだのである。


襟首を掴んでいた腕を腹に回し、安堂は立入禁止の屋上へと足を踏み入れる。

「何で……こんな事……ッ!」

「何でって……美味しそうだし、お前」

そう言う眼は本気だった。

安堂は俺を喰う気らしい。


安堂はその言葉ですっかり畏縮いしゅくした俺を、そのえりが引っ掛かるように校旗こうき掲揚けいよう用の柱に投げる。

ブレザーだった為着ていたベストの襟が柱の先端にうまい事納まり、身動きが取れなくなった。


「タクマよぉ。

俺【】だからさ、お前みたいなO型の奴が食いモンにしか見えねぇの。ごめんな、信じてくれてたのに」


じりじりと近付いてくるソイツが、俺にはもう安堂には見えなくなっていた。


今までの楽しかった記憶が砕けていく。


「……そんじゃ、頂きまぁ~…………」

「……【ソーン】」

安堂の体にあなが空いた。

すぐ後ろに、俺をずっと見つめてきていた男だった。

「……大丈夫か?」

男は俺を抱えると背中からはねを伸ばした。

昆虫の様な、透き通った翅を。

「……キミ、?」

な…………!!

何故この人は知っているんだろう。

俺はあまりに図星過ぎて言葉が出なかった。

「……そうか。何時やられた?」

「…………一昨々日さきおとといです」

「病院に行くぞ」

そういって【連合】の男は翅を震わせ、物凄いスピードで滑空していく。


俺は唐突とうとつに重なり過ぎた日常の崩壊ほうかいに着いて行けず、ただ流されるほか無かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る