MOSSMAN―蟲と呼ばれた少年の生―

アーモンド

羽化前奏曲

♯1 害蟲

部活からの帰宅中。

夕闇ゆうやみの迫る路地を、俺は我が物顔で闊歩かっぽする。

と、突然の事。

小さめのが俺の首筋に向かって一直線にんできた。

無論俺は払おうとしたが、奴は俺の手をすり抜け首に吸い込まれていく。

原始的な感情が頭をよぎる。


俺はその時、恐怖なるものを思い出した。

一体何年振りだったことだろう。


そして――――――――ガブッ。


針で刺された様な痛みが俺を襲った。と同時に恐怖が脳から吹き飛んで痛覚に引っ張られていった。

蛾の毒にそんな効果は無いはずなのだが、俺の意識はどうやら毒にむしばまれていた。

世界がぐにゃぐにゃにゆがんで、輪郭りんかくが混ざりあっていく。

まるでヴィーナスの夢、殺伐さつばつと化した光景に絶叫し、血反吐ちへどが出る程にけるのどむしる。


そして意識の糸がプツリと切れた。

俺は独り、精神の奥に放りだされた。




「……っ!!」

シーツの良い香りが鼻を刺激する。

そこは自分の家、俺の部屋だった。

「夢か……」

首が痒いのは、寝汗をかいていたから。

こんな夢を見るのは、疲れているからだ。

そう割り切って俺は茶の間を横切り、冷蔵庫へ。

有難ありがたい、オレンジジュースが入っている。

俺はキャップをひねり、だいだい色に輝く飲み物をコップに並々なみなみと注ぐ。

喉を鳴らして一杯飲み干し、思った。

(この酸っぱさがくせになる)

(って言いたいトコだけどなぁ)

やはり疲れている、酸味をまるで感じない。

味覚よ、働けとは言わない。むしろ今だけはニートでもOKだ。

ふとテーブルの上のデジタル時計を見ると、【AM3:52 6/12 SUN】

と表示されていた。

残酷な事に明日は憂鬱ゆううつな月曜日である。

「学校…………」

あまり夜更かしに慣れない身だ、今日はもう早いとこ寝よう。


夢の恐怖を憂鬱で忘れ、翌朝を迎えた。




バスの中で俺は友人と他愛も無い話で盛り上がり、教室でも級友と雑談したり巫山戯ふざけたりして、月曜日を乗り切る。

でもそれは、保証ほしょうの無い平和。

何時いつ崩れても可笑おかしくない日常という非日常を、のうのうとむさぼっているだけに過ぎなかったのだった。


「この学級内の人間は全員動くな!!私達は【人蟲じんちゅう駆除くじょ連合】の者だ!!」


ほら、突然崩れた。

しかも初耳の団体だ。


「この中に人の姿をした【害蟲がいちゅう】がいる!

私達はソイツを駆除しにやって来た!!」


人の姿をした害蟲。

そんな虫がいるのか。

俺はその時、その存在の脅威きょうい性を考える事もしなかった。

その時もし、気が付いていたなら。

その時もし、知っていたなら。


俺は何か、重要な発言が出来たかも知れない。

詰まるところ、俺はなかかわずだった。自分の置かれているもろい平和について、全くの無知だったのだ。

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