第29話 突風の知らせ





 突風に煽られた髪を押さえる。これだけの風を体感したのは、地上にいたとき以来。

 これは神様の起こした風だ。


「いた」


 声がした方を仰ぐと、宙に浮かぶ神様が二柱。「いた」と声を出したのは風の神様の一柱であるはずの神様。薄緑の涼やかな髪を風に揺らしている。そしてもう片方は――キアラン様。

 四柱いるはずの風の神様が一柱欠けていることは日常茶飯事。一柱は季節の風を地上に吹かせる仕事をしているのだ。

 だが今は周辺に視線を配っても一柱しかおらず、なぜかキアラン様と一緒。


「こんにちは。……どうかしたんですか?」


 顔見知りのようでも、彼らだけでと珍しい組み合わせについて尋ねたのではなく、二柱の神様の表情がどちらも固かったから、それを聞いた。


「ひとまず無事は確認出来た」

「ええ」


 それには答えず彼らは顔を合わせ頷き合い、地面に降りてくる。


「シエラさん、アルヴァ様はどこに」

「アルヴァ様なら、少し前に創世神様の元へ……」

「創世神様の元へ……? つまりここには、いらっしゃらない?」

「はい」

「創世神様の元へいらっしゃった理由をお聞きしても?」

「地上を滅ぼした……『過ち』を認めに、と」

「……なるほど」


 一足早く私の近くに来たキアラン様が神妙に呟き、後から来る風の神様の一柱を振り向いた。


「何? まさかアルヴァ様に何かあったのか?」

「いいえ。ただ、ここにはおられず、創世神様の元へ向かわれたそうです」

「そうなのか」


 横に並んだ神々は意味ありげに視線を交わした。


「あの、どうかしたんですか」


 アルヴァ様に用事にしては少しおかしいと感じ、改めて聞いてみる。

 質問により私を見た二柱の神様は、再び横目で視線を交わし、結果風の神様が喋る。


「『死神』が逃げた。僕たちはあちこちに知らせ回りながら探している途中なのだが、こちらに来ていないといいと思ってキアランと来たんだ」

「『死神』?」

「通称です」


 『死神』とは物騒な名前だ。どのような神様なのかと名前を復唱すると、キアラン様の補足が入った。


「どのような神かは……今はいいでしょう」

「それより逃げたって、捕まっていたんですか」


 神様も捕まえられることなんてあるのか。

 捕まる、ということは人間で言うところの『犯罪者』?

 神様はどんな罪を犯せば捕まるのか。想像が出来なくて、その神様が逃げたということで二柱の神様がこんなにも深刻な雰囲気を出していることが不安を掻き立てる。


「過去に罪を犯し、その行動が改まる様子がないために捕まっていました」

「罪を犯したということは……逃げられると、やっぱりまずいことですか」

「あれに関しては、まずいですね……」


 不穏に小さく言われ、途切れた言葉。

 キアラン様はここでの話を打ち切るように首を振る。


「とにかくシエラさんは念のため中へ」

「アルヴァ様に戻ってもらうか? 僕が知らせがてら呼びに――」

「いいえ、アルヴァ様を会わせてはなりません。今創世神様の元へいらっしゃるのであれば好都合です。捕まるまで、創世神様の元へお引き留め頂きましょう」

「しかし、それではここの安全性は十分とは言えない。奴の目的を考えると……」


 ちら、と涼やかな色の瞳が私に向けられる。


「アロイス、分かっているはずだ」


 風の神様の声を途中で遮ったキアラン様の声音と口調が明らかに変わり、私が驚き見ると、キアラン様は灰の両眼を――嵐のように荒くさせていた。


「アルヴァ様は、あれに会ってはならない」


 口調自体はそこまで荒々しくなくとも、強い意思の籠った言い方。私はこの話し方を知っている。

 前世でではなく、今世。一ヶ月ほど前、アルヴァ様が地上に降りてしまったことを知り、来たキアラン様が衝撃の事実を私に言ったときの様子に似ている。

 強い感情を押し殺し、無理矢理静かにした様子。

 真面目な様相のキアラン様は、内側に激しい部分を持ち合わせている。


「……分かっている。だが単純にここの安全度を考えた結果だ……その子がいるから」


 風の神様がまた私を見る。さっきから何度か風の神様は私に視線を向けては戻す。


「万が一ここに来れば……今の天界の状態を考えるとここに来る可能性は高い」

「分かっています。一先ず貴方は創世神様の元へ行ってくれますか」

「――分かった、では後は任せる。気を付けて」


 風の神様はどうやら創世神様の元へ行くため、風となって去っていった。

 神様が消えるところを見ていた私は神々が現れて次々と話が過ぎていったもので、残ったキアラン様に視線を戻す。

 さっきのキアラン様の様子が引っかかっていた。


「どうしてその神様にアルヴァ様が会ってはいけないんですか?」


 キアラン様はアルヴァ様と逃げたという『死神』を会わせたくないようだ。

 アルヴァ様なら、危ない神様が来ても捕まえるか撃退しそうなのに。『死神』とは上位の神様の中でも強い力を持った神様なのだろうか。


「そんなにも強い力を持った神様なんですか?」

「アルヴァ様と比べると、全く。私達くらいの神々も対抗しようと思えば出来る範囲ですので」


 ということは、死神とは中位くらいの神様と予想できる。

 では問題ないのでは?と私は問題ないように思えて首を捻るが、キアラン様の厳しい表情は変わらない。


「対抗出来るか否かとは別です。……とにかく、シエラさんは暫くは建物の奥に……」


 キアラン様に軽く背を押されて促され、私は詳しく理解出来ていないなりにも言葉に従った方が良いということは分かる。足を神殿の中へ――





「――――――人間」


 聞きなれない声がねっとりと耳に絡みつき、ぞわりと肌が総毛立つ、嫌な感覚。

 足の動きが凍りつき、勝手に声がした方に引き付けられて、振り向いてしまう。




 その存在が現れただけで、日常が光景、感覚、空気に至るまで全てを破壊された。







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