第28話 主は留守です





 昨日の話の通り、アルヴァ様は創世神様の元へ行くために神殿を発った。いつ帰って来るか明言出来ないことを謝り、行ってしまった。


 さて、一人だ。

 アルヴァ様の姿が消えても、私はその場に立ち続けていた。

 ここのところアルヴァ様と過ごしていたことで、今一人だという意識が強いこともあるのだろうが、彼がどれほどの期間帰って来ないか不明な点が良くない。

 どれくらいこの一人は続くのだろうか。


(……何しようかな)


 はっきり言うと、暇だ。

 地上にいたときには暇なんて言う暇があれば動け働け。天界ではアルヴァ様といれば何もしなくてものんびり時間を過ごすことはざら。

 問題は一人になって、何をしようか考えたときに二人でしていたことと同じ行動をしようとは思わないこと。


 庭を一人で散策するとする。広いから数日は出来たとしても、たぶんアルヴァ様と歩いてしまった後だから味気なくなって、二度しようとは思えないだろう。それまでにアルヴァ様が帰って来ればいいのだけれど。


 四阿で一人ゆっくりするとする。あそこに座って眺める庭は一番好き。でも、室内から四阿ですることに移行したチェスは一人では出来ないし、四阿で一人お茶をするのも味気ない。アルヴァ様打倒を掲げてチェスの勉強でもするべきなのだろうか。


 四阿を通り抜けた先の、遥かなる天の景色が臨める場所でその景色を眺めているとする。あの景色は本当に時間を忘れてしまう見事なものだ。一日中、朝から夜まで美しく色の移り行く様を見ていると時間は過ぎ去ってしまうだろう。けれどこれでは本当に動かないし何もしないことになる。保留。


(……お菓子作りと、この機会に料理を本格的にしてみようかな)


 お茶をしてくれるようになったアルヴァ様とのお茶のため、お茶菓子とは必須。クッキーはさておき。いや、クッキーを改善するべきなのか。アルヴァ様が美味しいと思えるクッキー。

 それに私にとっては必要不可欠な食事。専ら召し使いたちが食べろと言わんばかりに作ってくれることにお世話になっている食事なので……。

 アルヴァ様が食の楽しみに目覚めれば、一緒に食事もできて言うことなしである。

 これだとやることがたくさんになる。


 ……と考えていて、アルヴァ様が今日や明日帰って来るとは思えていないということに気がつく。数日ならいいけれど長丁場となると無理だと思ったり、逆に長くかかることを考えたり。


(明示されてあんまり長すぎるのも嫌だけど、分からないっていうのはちょっと……)


 憂鬱な息を吐いてから、ため息をついたことを自覚して、慌てて首を振る。


(さっきアルヴァ様が行ったばかりなのに、馬鹿みたい)


 勝手に先に見積もって、考え過ぎだ。


「一人って厄介」


 一人も一人だ。

 地上で一人で旅をしていたとはいえ、町には知らない人とはいえ大勢の人がおり、すれ違う人やちょっと会話をして接する人もいる。それが、ここにはその他の人たちはいない。


「それもあるけど……」


 それにしても、私は一体どうしてアルヴァ様ありきの考え方をしているのだろうと思うと……一週間や二週間先に戻ってくると言われれば、不安になることもなくそこまで待ちながら過ごすだけ。

 しかし今の場合。存在の不在の期間、その不明瞭さがアルヴァ様の不在を際立たせている。




 とんとん。


 未だに立ち止まっているところに肩を叩かれた。


「リア?」


 いたのは召し使いの一人。私は前世、名前がない彼らに話しかけるときに不便さを覚え、僭越ながら名前をつけさせてもらったことがある。

 彼らの行動が滑らかになるにつれ、以前いた召し使いたちの一部だと分かってきた。見た目はほぼ見分けることが不可能なくらいそっくりな彼らでも、個体差がある。行動や仕草が微妙に違うのだ。

 試しに何気なく以前の名前を呼んでみると反応があって以来、継続させてもらっている。

 それで今、『リア』と私が呼んで反応を示した召し使いともう一人、私が『エリー』と呼んでいる召し使い。


「え、え、何?」


 二人の内、リアが手にしたものをずいと私の目の前に出して何かを主張する。

 目盛りのついた紐。


「何、それ?」


 次いでエリーも何か押し出す。

 紙に何か描かれて……服だ。

 今私が着ている服も彼らが作ってくれたものだが、彼らはデザインもするのかという新事実。


「採、寸?」


 両方の主張を合わせた結論を言ってみると、二つの頷き。当たった。

 でも最初に一度数ヶ所採寸したきり、それで十分というかのように彼らは何着も作ってくれた。


「嬉しいけど、今ある分で十分……」


 紙がもっと眼前に。

 よく見ろという意味だと解釈して紙に焦点を合わせて…………気がついたことが一つ。随分凝ったデザインの服である。

 紙の横から、向こうの召し使いたちを見てみる。

 深い、気のせいか強い頷きが返ってきた。


「う、うん」


 ますます調子が復活してきたような彼らに押されて頷く傍ら、そうか彼らがいるではないかと再確認。


「……よし、決めた。アルヴァ様が帰って来るのが今日でも明日でも明後日でも、」


 その先でも。


「何か進歩してみせる!」


 大雑把極まりない目標を声にする。


「あ、そっちが先ね」


 直後に紐と紙を押し出されてしまった。

 そっちが先でした。

 でもそんなに凝った服を作って私に着させてどうするつもりか。

 疑問に感じつつも、服は嫌いではないのでどこかの部屋に導こうとする召し使いたちと歩き始める。


「汚すと申し訳ないんだけど……」


 と言うと彼らは頑なに首を振る。

 汚してもいいということか、単にこれは絶対に作るという意思表示かな。

 作ってくれるというのなら、その過程を見させてもらおうと考えを変えることにした。


 庭が見える廊下から、召し使いたちと奥への廊下へと入る――直前、嵐になりかけのような突風が吹いた。







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