第27話 彼の告白
四阿を奥へ進み、出てしまった場所。
地面から一歩足を踏み出せば宙に落ちる場所で、私はアルヴァ様の足の間に収められて、柔く抱き締められる。
アルヴァ様の告白の折から接触回数が著しく増えているのは、たぶん気のせいではない。
それに甘んじているのは私なのだけれど。
(アルヴァ様って、すごく行動が……甘い)
それは前世からのことだったなと、今こうなってみて思い出す。そうだった。
恥ずかしげもなく惜しげもなく、ときに前触れさえもなく「好き」や「愛している」との言葉を紡ぐ。回数を重ねる度に冷めていくどころか熱が増えているような感覚を及ぼされた。
触れることも、同じ。
私だってアルヴァ様のことが好きなのに、示される気持ちが大きくて。全てが初めて尽くしだった私はどんなときでも押されている気がしてならなかった。
「何だ?」
ちょっとアルヴァ様の方を窺っていると、アルヴァ様が頭を沈めて横から私の顔を覗き込む。
「――アルヴァ様、格好いいですね」
たまには反撃だと唐突に言って反応を待ってみれば、アルヴァ様は一度瞬き、それから。
「……?」
手を添えて私を振り向かせたかと思うと、唇に、一瞬軽く触れた柔らかい感触。
ゼロの距離から離れる顔が、間近で笑む。
(…………キス、された)
一秒、二秒、三秒……とどれくらいか過ぎてから、ようやく身に起こったことを理解した。
後ろから、奪うようにしてほんの少しだけ重ねられた唇。
「…………こういうこと、突然、自然にしないでください」
驚いた。
流れるように淀みない一連の動作で、理解が遅れた。理解して、頬が染まっていくことが手に取るように分かる。今世の私の身体って血が集まり易いのではないだろうか。前世もだったろうか。
どっちでもいいけれど、不意打ちは心の準備も何もない。否応なしに恥ずかしくて照れる方に傾かせられるから、もっと恥ずかしくなる。
すっと微妙に視線をずらして抗議したのに、アルヴァ様は開き直る。
「お前が、俺が調子に乗るようなことを言うからだ」
「調子に乗るようなこと……」
直前の自分の発言を思い出して、墓穴を掘ったのだとこれまた遅くに理解。
結局のところ、アルヴァ様には勝てないと思うのだ。
「……アルヴァ様ってそういうことにしろこういうことにしろ、簡単にしますよね」
そういうこととは、さっきのキスのこと。
こういうこととは、今のこの体勢のこと。
開き直られて私の方はまだ心臓を落ち着ける途中、前々から思っていたことを述べる。
「好きな女が手に届く範囲にいればしたくなる」
こういうところ含めだと言うのに、またアルヴァ様はさらりとそう言って、私はこの件については諦めることにした。
前世にも、全く同じとはいかないものの同じようなやり取りをしたことがある気がした。
とりあえず前を向く体勢に戻るべく、もぞもぞと動く。
「アルヴァ様?」
なぜに止めるのか。
巻きついた腕に留められ、動けなくなったことを受け、問う視線を向ける。
「もうしばらく、このままでいろ。――話がある」
(話?)
アルヴァ様は笑みを収め、真剣な顔と目になっている様を目にして、私は動こうとすることをぴたりと止める。
心持ち居住まいを正し、アルヴァ様の話というものを聞く姿勢を示すと、アルヴァ様はついさっきまでとは異なる声音で話しはじめる。
「一度、創世神の元へ行ってこようと思う」
「え」
行動にも負けず劣らず、急な話題。
創世神様。
人間にとっては天上の神々の中でも最たる神様でもあり、世界を作りこの世の万物を司る数多の神々を生み出した特別な神様。
神々にとっても一線を画した存在で、 人間で言うところの父親のような存在に当たるという存在。
ゆえに、アルヴァ様のように創世神と呼ぶ神様もいれば、神々の中にはかの神様のことを『父上様』『お父様』といった父と呼び表す神様がいる。
創世神様は、位をつけるのなら誰よりも貴いのに、人間の魂を送り出したりする冥界神よりも忙しそうな仕事をしている。広く、先が見えないこの天界のどこかで。
私は会ったことも見たこともないので、如何様な姿をしているのかも知らない。
その創世神様のところに行く、とアルヴァ様は言った。
「何かご用事が?」
「ああ」
やけに静かな声音だった。
私はアルヴァ様を見上げる。
「過ちを認めに行かなければならない」
アルヴァ様は瞳を伏せ、目の先の景色ではないどこか遠くを見る眼差しをしていた。
「過ち、ですか?」
「俺は、人の世を滅ぼしたことがある」
『過ち』――重い声でその事実が初めてアルヴァ様の口から、私に伝えられた。
「俺が地上に降りていたことで、地上に戦禍が広がっていたことは知っていたな」
「……はい」
「俺が地上に降りるのには、元から戦が起きている場所であれば何の問題もないが、その他の地であれば問題が生じる。それが、平和な土地に争いをもたらす力だ」
天界ならいざ知らず極限にまで力を抑えているつもりでも地上に、人間には影響を与えてしまう厄介な力。
「その力で……一度地上は滅んだ。戦が地上を埋めつくし、人間は互いに戦い、殺し合い、そして、何もなくなった」
キアラン様が言っていた。アルヴァ様には、私の記憶を失った後の二度目の地上の滅亡は覚えているはずだ、と。
「それは紛れもなく俺のせいであるにも関わらず、俺は自分の過ちを、一度も認めなかったからな」
彼はその『過ち』をどのようにして受け止めているのだろう。自分でも明確には分からないものを探し、地上へ降り、結果地上は滅んだ。
それを。
「落ち着いたことだ、行こうと思う。このままでは駄目だろう」
何も言えずに見つめ続ける私に目を合わせ、アルヴァ様は本当に微かに口元に笑みの雰囲気を漂わせる。
「……それはいつ行くんですか」
「明日にでも」
(……早い……)
今日の明日と思っていると、私の思考を読んだかのように、アルヴァ様が謝る。
「いつ言おうかと考えていたが今日になり、本当ならすぐにでも行かなければならないところを先延ばしにしてしまった」
「……そうだったんですか……」
アルヴァ様はそんなことを考えていたのか。
「アルヴァ様」
「何だ」
「帰って、来ますよね」
不安になり、途切れそうになる声で尋ねる。
もう次は起こさないと止まった今に、アルヴァ様は以前地上を滅ぼしたことで何かお咎めを受けることになるのだろうか。
不安が隠せず露な私を、アルヴァ様は腕の中に深く包み込む。
「お前の元に」
確かな声で、約束を口にした。
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