第23話 熱と不安は仕方ない
熱が出た。
アルヴァ様を追って行った場所が、地上のどの辺りかは分からないけれど、私がいた国のように冬に近づいていた場所ではあったらしい。打ち付ける雨は冷たく、私の身体を芯から冷やした。
その結果アルヴァ様と神殿に帰った後、くしゃみから始まり、寒気。気温的な寒さを感じることのない天界で寒気を感じた時点でおかしかったので、シーツにくるまって寝たのだが――翌日である今日はもっと悪くなった。
身体は怠く、頭もぼんやりして、明らかに風邪を引き熱を出した状態。
やっぱりこの身体は前世とは違うととっくに分かっていたことを再認識。今世の身体もけっこう丈夫は丈夫とはいえ、雨が降れば長く降られることは避けようとしたし、結果滅多に風邪は引かなかった。その点前世は雪の降る中旅をしたり、雨が降る中でも地を駆けることも多くあり、雨の中眠ったことだってあったのにも関わらず一度として風邪を引いたことさえなかったのだから。
「大丈夫か」
「これくらい大丈夫です」
熱で意識が明確とは言い難い中、アルヴァ様がベッド脇から様子を窺ってくる。
私が神殿の中に寝起き用に借りているこの部屋は、かつて使っていた部屋ではない。
それなりの広さがある部屋しかない内の一室を借りている。
テーブルと椅子と棚……とあっても使用していないものの内唯一使用しているベッドの上で、今は召し使いが持ってきてかけてくれた毛布に埋もれていた。
「明日には熱も下がっていると思うので、心配無用です」
だからそんな顔をしてくてもいいのに。
アルヴァ様は自覚がないのだろうか、気がかりな目を私に向けていた。
神様は病気とは無縁だろうから、見慣れないせいかな。
アルヴァ様も、天界に帰ってくるとずぶ濡れだった姿が嘘だったかのように髪も服も渇き、肌にも水滴一つなくなっていた。
「本当か?」
「本当ですよ」
そこまで疑わないでほしい。
アルヴァ様の指が私の額に張りついた髪を避け、掌全体を額から頬にかけて滑らせる。ひんやりして、気持ちいい。
彼は私の身体に満ちる、いつもより高い熱を感じたのか、微かに眉を寄せる。
「……人間は、病気で死ぬこともあるのだろう」
「だからって、風邪では死にません……」
気にしすぎではないだろうか、と思って熱に浮かされた頭ではおかしくて私は笑う。
その笑うという少しの動作でも疲れを感じて、止めたけれど。
「でも、いてくださるのなら嬉しいです」
心なしか熱い息を吐くとともに、言う。
顔を撫でていた手の動きが鈍った。
「アルヴァ様が、どこかに、地上に降りていってしまわないか心配ですから」
「そういう意味か」
「もちろん単純に、側にいてくださることは嬉しいですよ」
当然。
動きはじめていた手が再度動きを鈍らせ、そのまま。どうしたのだろうと、目の前をはっきりさせようと瞬くと、目を細めたアルヴァ様が見えた。
「ここにいるから、寝ろ」
それなら嬉しい。
「……いてくださいね」
「いる」
「絶対ですよ」
「ああ」
ではいてくださいと今度は子どものように念押しする言葉への返事を聞いて、私は瞼を閉じた。
雨に打たれ、冷えて通常よりも疲れた身体は夜に寝たとはいえ、目を閉じれば眠気が意識を誘っていく。
現実が遠ざかり、浅いところから深みへ。
――――目を開く。
ほんの数秒と思っていたけれど、何分かは経ったのか。目で横を確認して、アルヴァ様の姿を探す。探し出して、また目を閉じる。
それを夢と現実との狭間の意識で何度か繰り返していた記憶はうっすらとある。
「……いるだろう」
正確な回数は自分では分からない何度目か、とうとうアルヴァ様が椅子の背から身を離して、私の視界に入ってくれる。
私はというと、言われて何度も何度も自分が同じ行動をしていることを自覚して、ちょっと決まり悪くなる。
でも、仕方ない部分はあると思う。
アルヴァ様が急に消えてしまったことは昨日のこと。
それにしても眠りの奥に沈みかける、というときにふと不安に襲われるのは何度にもなると、熱のせいもあるのだろうか。
「分かっているんですけど……」
毛布を口元まで引き上げてもごもごと言う。
アルヴァ様の言うことを信用してはいるつもり、だけれども無意識下では気にしないではいられないらしい。私もそんなに意識して起きようとしているのではないので、自分ではどうしようもない。
昨日アルヴァ様自身が起こしたことで、私が何度も目を覚ます所以を正確に読み取ったような彼は少し考え込んで……
「じゃあこうしているか」
「……?」
手を握られる。
触れられる、のではなくすっぽりと包まれ握られたのがいきなりで、熱っぽくてぼんやりとしていたのに、どきりとして瞬間的に目が冴えた。
「これでも不安か」
「……不安って言うとどうなります?」
「鎖でも出して繋いでおけばどこにも行けないことになる」
ああなるほど。それより、そこで鎖と言って紐とか言わないあたりアルヴァ様らしい。
「鎖……神様だからどうにかできそう」
「ああできる」
「やっぱり」
「だが出来るとやるかやらないかは違う」
分かっている。私だって鎖云々のやり取りは、前触れなく手を握られたことに動揺したことを悟られようにとしていた会話に過ぎない。
手は握られていると温かくなってきた。内側から隅々まで熱を持つ身体なのに、手から染み入るような温かさが心地よくて、落ち着いてくる。
「寝ろ。近くにいる」
「それなら鎖はいいです……」と一応答えておきながら、私は瞼を下ろした。
沈んでいた意識が現実に浮上すると、まず重なる手の感触を感じた。
瞼を開いて、視界と頭のある程度の覚醒を待つ。大分身体の倦怠感は薄れて、熱さによる不明瞭さもなくなっていると感じた。別の怠さはある。
これは、どれほど寝ていた結果なのだろうか。
顔を横に向けて自分の手に重なる大きな手。視線を上に滑らせると、アルヴァ様と目が合う。
「……私、どれくらい寝てましたか?」
「一日くらいか」
「一日中、ですか?」
「ああ。よく眠れていたようだな」
「……ちなみに、アルヴァ様はここにずっといたなんていうこと……」
「いた。言っただろう」
丸一日なんて、どうりで喉も乾いているしお腹も空いているはずだ。
それよりも何てことだ。アルヴァ様を丸一日ここにいさせてしまった。その上たぶん、手を握ったまま。
「……これ、止めましょう」
繋がれた手を示すと、アルヴァ様は首をかしげる。
「どうしてだ」
「いや、なんだか、申し訳なくなってきて」
「俺は別にいい。お前の寝顔を見ているのは退屈しないからな」
「やっぱり止めましょう」
見てくれるな。いてくださいと言ったのは私だが、今になって何を言っているんだと反省。
「見られるのが嫌なのか」
「嫌と言いますか……」
恥ずかしいと言いますか。見せられるものではないと言いますか。
それをどう解釈したのか、アルヴァ様が新たな案を提案する。
「それなら俺も一緒に寝るか」
「そうですよ、この際アルヴァ様もたまには寝ればい…………何でこの上に上がって来るんです?」
「俺に睡眠は必要ないが、眠れることは眠れる。寝顔は見ない、寝ればどこに行く可能性もないとも思えるだろう」
これで問題は解決されるだろうと言わんばかり。
二つの問題が解決されることはわかっても、寝転ぶ私はほぼ真上から見下ろされる位置関係に、よく考える。
寝れば……? 一緒に?
「な、なんてこと言うんですか……!」
びっくりして心臓が跳ねて、熱は下がったと感じていたのに一気に顔に熱が集まってくる。
勢いで飛び起きた。
「まだ安静にしていろ」
アルヴァ様の方はというと気にした風もなくベッドに乗り上げたまま、上体を起こした私の額に手を当てる。
「お前がそれだけ動揺するのは、見たことがないな」
「う」
「悪くない」
さらりとそんなことを言ったアルヴァ様は続けて「熱さはましになったな」と手を額から離す。
「早く元気になれ」
アルヴァ様が近づき、額に口づけたから私は目を見開く。元の距離に戻ったアルヴァ様は、私の髪を撫でて微笑んだ。
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