『前世の真実』
第24話 ゆっくりいこうと思っていたら
雷雨が降り注ぐ戦地に行った日から、アルヴァ様は神殿から姿を消すことはなくなった。
それでもあれからさらに一ヶ月経ったくらい。けれど、私はもう心配はしていない。
あの日神殿に来た女神様の正体は戻って来るとすでにいなかったので知らずのまま、キアラン様も来ていない。
そのキアラン様は一ヶ月前、アルヴァ様が地上へ降りていた理由を明かしてしまったついでか、加えてアルヴァ様が私の記憶を失っている理由を「貴女を失ったことで記憶を失っておられるので……」と説明した。
アルヴァ様は二度目地上を滅ぼしたことは覚えているはずだと、付け加えもした。
そして、記憶がないことにはアルヴァ様自身は気がついていないから、それには触れないでほしいといったことをキアラン様は言った。教会や、地上に降りる前に見せたあの表情で。
私は、頷いた。無いものを言っても仕方がないことだ。それに。
――前世があってこそ今世の私が形作られている部分もあるけれど、それを含めた今の私で今のアルヴァ様とゆっくり関わればいい。
ゆっくり、と。そう、思っていたのだけれど……。
「あのー、アルヴァ様?」
私が隣を見上げると、アルヴァ様が覗き込むように首をかたむける。本当に何だ?という感じ。
そこで私はこの状況についての問題を述べる。
「こうしていてはチェスが出来ないじゃないですか?」
「俺があちらの駒を動かすから問題ない」
アルヴァ様は微笑み、そのまま私から視線を外さないので、私の方が視線をさりげなくすっと外すはめになる。
場所はのどかな四阿。
テーブルにはチェス盤。駒は並べられ、準備万端。私とアルヴァ様は同じ方向に座っている。距離はほぼゼロというほど。
ちらと隣を窺うと、アルヴァ様の視線が返る。何だかアルヴァ様は憑き物でも落ちたように、絶えずこのような態度をとるようになっていた。
「どうした?」
「いいえ」
こんな風に接されることになるとは予想していなくて、これまでで十分と思っていたこともあって、未だに追いつけていないところがある。
しかしながらアルヴァ様のこの姿が見られることは間違いなく嬉しいことで、私は結局笑顔を返した。
この流れでは私が向かいに移ることなく、日々の定番となっているチェスに興じることになっている。
言うまでもなく、一ヶ月積み重ねたと言えど私は勝利に掠りもしていない。
今日も厳しい盤面広がり難しい顔をする私の傍ら、アルヴァ様は悠々とお茶をする。
「クッキーは止めたのか?」
「え?」
本日のお茶菓子は小さく切り分けたパウンドケーキ。
クッキーは美味しくないらしいと自覚した私は、キアラン様が前世のときと同じ味だと言いアルヴァ様の反応を合わせ考え、前世からそんなクッキーを食べさせていたとは……と思った。せっかくお茶してくれるようになったので、そこだけは後退しないようにと違うものにしたのである。
「不味かったですか?」
まさか私にはお菓子作りの才能、才能までとは言わずともその手のセンスに恵まれていないのだろうか。
私としては十分満足の出来。しかしそれはクッキーのときも同じこと。
盤上に真剣に臨んでいた私は驚いてアルヴァ様を見上げる。
「いいや」
「それなら良かったです。クッキーは進歩しないので止めておこうと思って変えてみました」
「そうだったのか」
前もって小さく切られたケーキを食べたアルヴァ様は納得したように頷く。
「あのクッキーは確かに進歩がなかった」
「う……」
「だが、嫌いではなかった」
「美味しくなかったのにですか?」
「ああ」
アルヴァ様は不意にここではないどこかを見るような目つきをすることは、まだある。
記憶がなくても、何か、残っているところがあるのだろうか。地上に降り、私を探していたかもしれないように。
「お前といることが心地いいからそう感じるんだろう」
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