第21話 探すものはない




 地上へ降りたアルヴァは、今は吸い込まれるようにとある戦場に来ていた。

 激しい雨が降り注ぎ、雷が光り、轟く。そのような悪天候の中、人間達は濡れた地面を駆け、殺し合っていた。


 ――戦を司る神アルヴァは、中々地上へは降りない。数多いる神々が天界から地上世界へ降りることも、元よりごく一部で、頻繁に降りる者はより減る。

 アルヴァが地上へ降りなかったことは、興味があるない以前に彼が持つ力に依るところが大きい。平和な土地に降りれば、その地に争い、戦を生じさせる。天界はそうではないようにされているが、地上世界はアルヴァがどれだけ力を抑えていても、容易にその影響を受ける。ゆえに、稀に降りるとしてもそれは戦場。天界から、鏡を通して見ている戦場に限られる。



 、頻繁に地上へ降りている自覚はあった。

 だが自分がなぜ、地上へ下りるのか明確な意味は持ってはおらず、分かってもいなかった。

 気がつけば地上へ来ており、さ迷う。

 止められるものなら止めていた。自分の自覚しないどこかが使命感でも持っているかのように地上へ降りようとする自分がいる。訳も分からずに、ひとしきりさ迷う。

 そして神殿に戻ると、本来睡眠など嗜好品以上の何ものではなかったのに、眠る。長年変わらない神殿で過ごすことが意味のない以下のことだと思っているがごとく、意識を沈める。

 その繰り返しをし、無気力に時を過ごしていた。

 自分でも理解できないながらに、何かを探し求めていた。具体的に何かとは掴めない、曖昧すぎるものを。


 ――世界とは、このような景色だっただろうか。

 いつだったか、気がつけば地上の戦場に紛れていたときに、映る世界のあまりの色褪せように心さえ動かなかったことがある。

 神殿に戻っても、またこんなにも味気ない空間だったろうか、と思い、その感想を抱いていることが何かを一枚隔てているように鈍い。

 しかしその中でも、虚しく、決定的に何か足りないような心地になると――決まって地上にいる。




 それが最近、アルヴァは地上へ降りていたこと、降りなければならないという衝動を忘れていた。

 自分に臆することなく話し、笑い、笑いかける人間。

 全ての庭を作り替えたシエラの作り出した場所――シエラが近くにいることに居心地の良さを覚える。初めは妙でならなかった、不思議だったことは溶けいるように自然となった。

 ――この上なく穏やかな心地に浸っていると、単なる既視感かかつてあの光景、温もり、安らぎを自分は手にしていた気がしてならない


 それどころかそれ以上、開いた距離に満足出来ず、シエラを側に、手を伸ばして触れたくなり、近くに引き寄せたくなる。




 そして、思い出した地上へ降りていたこと。降りなければならないという衝動を忘れていたことに、少なからず衝撃を受けた。

 訳が分からず、だが降りなければならないと感じ、探していた。それを、忘れていた。

 こんなにも忘れるようなことならば、何のために自分は地上に降りていた。

 地上へ降りていた事実を思い出すと、探していたものは忘れてはならなかったもののように感じ、――アルヴァは地上に降りた。

 けれど、やはり今までも明確に掴めていなかった『何か』はアルヴァに掴ませてくれない。それどころか『何か』を掴もうとする意識がもう感じられない。

 感じられず、どことも知らぬ戦場に移ってから一歩も動けなくなった。さ迷う意識も消え去っていたのだ。





 ――現在の神殿とは正反対の色褪せた世界に、アルヴァは雨に降られ神殿に心惹かれながら、探すものがない戦場から動けない。






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