第19話 彼は世界を滅ぼした



「眠らされる?」

「……そうです」


 「行動を制限するための一番穏やかなやり方です」とキアラン様は暗い声で言い、さらに「そして場合によっては、半永久的に」とつけ加えた。

 アルヴァ様が半永久的に眠らされる。私は意味がわからないなりに、詳細を問う。


「そんなこと……誰にですか」

「創世神様です」

「創世神様が、どうしてアルヴァ様を『眠らせ』るんですか」


 訳が分からないから理解するために矢継ぎ早に尋ねると、キアラン様は陰った表情に少し迷う様子を混ぜた。

 この様子、見たことがある。


「アルヴァ様が地上に降りて、その影響で戦禍が広がっているから、ですか?」


 私だって今の状況と結びつけられないはずがない。今世で再会したときに見たような様子をするキアラン様に、問い続ける。

 教えてほしいと意味を込めて。

 すると、キアラン様は力無い様子なのにどこか心を決めたように正面から私と向き合った。


「アルヴァ様は短期間に二度地上世界を滅ぼしたことがあり、今回もその可能性があるため一時的にそのような対応がとられることが視野に入っています」

「……滅ぼ、した……?」


 ――今日は、あまりすんなり受け入れることが出来ないことばかり言われる。

 アルヴァ様が、何をしたかという発言がすんなり頭に入ってこない。私は眉を寄せて考え込む。

 今、何て?


 アルヴァ様は、二度地上を滅ぼしたことがあり、今回もその可能性がある。


「地上を、滅ぼしたって、どういうことですか?」

「そのままの意味です。あの方は一度は地上世界の全ての人間、植物、生命を完全に絶えさせました」


 意味がわからない。

 地上を滅ぼした。地上が滅んだ。地上の世界は下に広がっているのに、何を言っているのか。

 けれどキアラン様は冗談なんて、言わない。

 仮に、地上が滅んだことが本当だとする。でもそうなら今ある、天界の下に広がる地上は何だというのか。私が生活してきた地上。

 私が今世生まれた国は小さくとも歴史だけは古く、確か建国三百年ほど。もっと古い国だってある。

 人も大勢おり、他の国が存在する以上世界にはもっと多くの人間がいる。どこかの国が戦に負けたとは聞けど、一国が滅んだとさえ聞いたことがない。

 それが地上全体の話とすると想像も出来ないが、私からして途方もないほど昔の話だというのなら、何とか受け止められる気がする。


「それ、本当……いえ、いつの話ですか」

「今より二百年ほど前のことです」

「……二百年って……今地上は何ともないじゃないですか。二百年以上前からある国々は多くあります。それに人間もいるし、植物もあります。滅んだなんて――」

「今ある世界は、滅んだ後に前からあったかのように創世神様が新たに作り出したものです。本当は百年にも満たない前に作り直されましたが、当の人間にはもっと昔からあったように違和感はないようにされているのです」


 世界を作った創世神様。

 私たち人間が生きる地上世界を作ったのももちろん創世神様であり、その世界がアルヴァ様により滅び、また作り出されたもの――?


「にわかには信じがたいことだとは思われますが、事実です。現在もその危機にあります」


 アルヴァ様が地上に降り、戦禍が世界に広がっているからだと言う。このままでは地上は戦に満ちる。地上に戦を広げ、人間が死に、地上世界は滅びる。

 他ならぬ彼の力が影響した結果。私はその原因となるようなアルヴァ様を知らない。

 二百年も前。そうだとしたら私が知っている彼が一時的なものでそちらが本質なのだろうか――――違う。話があまりに衝撃的で、頭の中に生まれた考えを振り払う。

 アルヴァ様は戦を司る神様。だからといって、無用な殺戮を好む神様ではない。あんなにも穏やかな目をするのだから。本質が破壊を好む性格であれば、そんな目が出来ようがないのだ。


「……キアラン様」

「はい」

「聞きたいことがあります」

「私が答えられることであれば何なりと」

「キアラン様は、私にアルヴァ様を止めてほしいと言ったとき、アルヴァ様が地上に降りる理由は言えないと言いました」


 でも。


「どうして、アルヴァ様はそうまでして地上に降りるんですか?」


 今、教えてほしい。

 神々の事情があっても知らない。アルヴァ様が今地上に降りていることは事実であり、戦禍が広がっていることも事実であるらしい。私が、彼が地上を滅ぼす神様だとは思えないと思っても、もう事実として目の前に現れた。

 それならば私がアルヴァ様を信じるために、せめて理由を教えてほしい。

 戦禍を広げることは彼自身がよく分かっているはずなのに、世界が滅ぶほど地上に下りてしまう理由。


 キアラン様の目を逃がさないようにしっかり見つめて、意思を込めて言うと、最早迷う様子はなくキアラン様はゆっくりと口を動かす。


「……探しています」


 アルヴァ様も言っていた。何かを探しているのだと。


「それはアルヴァ様も言っていましたけど、アルヴァ様は何を探しているのかは分からないと言っていました」

「……ええ、アルヴァ様はご自身では明確にお分かりではないでしょう。今のあの方では分かりようがないのです」


 キアラン様は知っているような口振りだ。アルヴァ様自身が分からないと言っていたのに、キアラン様が。


「一体何を。地上にそこまでして探すものが――」

「あるのです、アルヴァ様には。探し求めるものが」

「…………え」

「あの方は探している」


静かに、もう一度言ったキアラン様は私を、見る。


「二百年前に失った存在を求め続け、今もその魂を探し続けています」

「キアラン」


 少し低く声を潜めて言ったキアラン様に向かって、耐えきれなかったような女神様が咎める様子でキアラン様の名前を呼ぶ。けれどキアラン様は止まらない。

 女神様の方を一瞥もせず、灰色の瞳で私を真っ直ぐ、強く見て、押し殺したような声で、明かす。


「記憶を失ってもなお貴女を探している。ずっと、貴女がいなくなってから二百年」

「キアラン!」


 女神様の声が耳に突き刺さる中、私はこちらを見続けるキアラン様を見ていた。

 耳に入ってきた言葉に瞠目し、響いた声が失せて生まれた沈黙の中にぽつん、と呟く。


……?」


 貴女――私を探しているとは、どういうことか。






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