第18話 何処へ
さっきまで目の前にいたアルヴァ様がいない。
手を伸ばせば届いた距離、そこには揺れの収まった芝生があるのみ。
「――アルヴァ様!?」
消えた姿に頭の理解がついて行かず一拍遅れて立ち上がった。どこを見てもアルヴァ様の姿はなく、呼んでも呼んでも消えた姿が現れることはなかった。
植木から乱暴に出ようとしながらも、彼は単純に緑に囲まれたここからいなくなったのではないと感じた。
「どこに……」
直前までしていた話を思い出し、まさか地上へ行ったのではないのかとの考えがやって来る。考えが出てくるとそうとしか考えられず、枝に服を引っかけ、腕や頬を引っかかれやっと出る。
出た位置で一旦止まり広がった広い広い庭を見回せど、どこにもその姿は見えない。
私は再び直ぐ様走りはじめ、ひたすらに姿がなくなったアルヴァ様を探す。走っている内に四阿まで来たけどやはり彼の姿はなくて、焦りが強くなる。
では次にどこに向かうか。他の庭を探すか。
(まず、部屋……!)
可能性の高いところが先。
神殿の中に駆け入り、アルヴァ様の部屋へ行った。――彼は、いなかった。
主がいない部屋で立ち尽くす。
(落ち着け)
アルヴァ様が消える直前、彼の様子は明らかに変わった。
なぜ彼は突然。
どうして地上に降りていたのかという問いにアルヴァ様は何かを探して降りていたという。けれど、それは『何か』であって、何かは分かっていなかった。
そこまではいい。
柔らかな表情をしたアルヴァに目を奪われ、
アルヴァ様が急に遠ざかった。
――「俺は、――――何を探していた」
声音と雰囲気が変わり、視線が逸れたあのとき、どこを見ていただろう。
消える直前どんな表情を――。
私はアルヴァ様のいない部屋を飛び出し、再び走る。途中で召し使いの一人に会い、他の召し使いたちにも頼んでもらい全員で広い神殿を走り回り、くまなく探す。
探し始めてから、おそらく一時間以上。
心当たりは潰した。後は隅々まで探すしかない。しかし見つからない。
(どうすればいいの……?)
もしも予感通りにアルヴァ様が神殿に、それどころか天界にさえいないとすれば。
「シエラさん」
「――キアラン様!」
手立てが失われつつあった時、現れた存在は救いの神そのものだった。
庭を走っていた私の背後にキアラン様が現れた。神様からすれば久しぶりではないにしろ私にしては随分久しぶり……とは今は言っている場合ではなくて、切らした息苦しくもキアラン様に走り寄る。
「キアラン様、アルヴァ様が、突然消えて……いなくて」
とにかく起こった事を伝えようと、荒い息の合間に振り絞るように最低限の言葉を出す。
「まさか、地上へ行ったんじゃ……。いきなり消えて、もしかしてって」
「……アルヴァ様が姿をお消しになったのはそれほど前のことではありませんね?」
「は、い」
私の頷きを受けたキアラン様は真剣な表情を変化させる。
「なぜ、今また――」
ただし良い変化ではなく、苦渋に満ちた表情。
「……これで解決したはずでは……」
「キアラン様」
苦しそうな声を出すキアラン様に不安が掻き立てられ声をかけると、キアラン様は首を振る。
「アルヴァ様は地上にお降りになっているかと思われます。……地上に、戦禍の広がりが僅かに見られますから」
「そんな――」
このタイミングでキアラン様が来たのは、どのような方法でかそれを知ったため。
二ヶ月前の一度きりで、起こっていなかった行動を肯定されて動揺する。私が、地上へ行っていた理由を聞いたせいだろうか。そのせいでアルヴァ様は地上へ。でも、どうして彼はそこまでして――。
「キアラン様、どうしましょう……?」
「……」
「アルヴァ様を連れ戻す方法とか、ありますか」
とにかく地上へ?でも地上のどこに。
動揺で頭が冷静に働かない。こんなときこそ落ち着かなければ、とは思っていてもいざとなるとこんなにも難しい。
キアラン様にすがることしか思いつかなくて、私はどうすればいいのかわからない。
「キアランさ――」
「キアラン」
鈴のように涼やかで芯の通った意思のある声が、私の動揺して弱い声を遮った。
見ていたキアラン様が彼自身の背後を振り返ったので、私も反射的にその先を追う。宙に銀色の髪をした美しい女神様がおり、彼女は周りを気にしながら滑るように降りてくる。
地面に足をつけた女神様はキアラン様に目を定め、険しい表情で口を開く。
「どうなっているのですか? また戦禍が広がっているではありませんか」
「ミラ」
「アルヴァ様が地上へお降りになっていますね?」
「……そのようです」
全ての神様が互いに顔見知りではない中、キアラン様と私が初めて見る女神様と知り合いのようだった。さらに会話の様子を見ている限りでは、神様の位を大雑把に上位中位下位に分けるとするなら、彼女も中位くらい。
それよりも、話の内容に当然のようにアルヴァ様の名前が出て来て、女神様もアルヴァ様が地上に降りたことを察知済みの様子。だからこそ、来たのだろうか。
一人、アルヴァ様が目の前で消えたことを見ていながら、話についていけない私の見上げる前で話している二柱の神様の内、何の神様か解らない女神様がはじめて私に視線を流した。
澄んだエメラルドの緑色の瞳が私を数秒捉え、キアラン様に戻り、神々は少しの間視線を交わす。まるで、目で会話しているようだ。
「……これでは今度こそ、止める手立てはもうないということになりますね」
「――いいえ」
「キアラン、アルヴァ様は今まさに地上へ降りているでしょう。それは最後の方法が駄目だったということのはず」
「いいえ」
女神様の言葉に頑なに否定するキアラン様は、首を振り、しかしそのまま少し項垂れる。
「……確かに落ち着かれていたはずなのに、また、どうして」
苦しそうに、悔しそうに独りごちる。
「このままでは、取り返しのつかないことになってしまう。……地上も、あの方も」
「取り返しのつかないこと……?」
動揺の他神様同士の会話に口を挟めなかった私は、キアラン様の呟きを拾い、思わず聞き返した。嫌な言葉が聞こえた。
反対に、小さな聞き返しを拾い上げたキアラン様は苦しそうに歪んだ顔を上げ、私を見る。
「そうです。このままではあの方は眠らされてします」
「眠らされる……?」
何だ、その穏やかに聞こえない言い方は。
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