第14話 元気な風が喋って去った



「水やり終わったから、アルヴァ様を見つけてー」


 天界の花は水をあげなくても長持ちする。元から長持ちはするが、もっと長持ちする方法は水をあげることだ。

 神殿にある小さな泉から澄んだ水を汲んで、じょうろであげる。澄んだ水はどこから湧いているのかはずっと疑問。湧いているものは湧いているらしいけど。

 私があげている範囲なんて召し使いたちに比べればごくごく狭い範囲。それを終えて、小さな篭を持って広い庭を歩いているところ。


「見つけて、……四阿にいるかな? いや、意外と歩いていたら会う可能性だってあるかもしれない――」


 突如、スカートの裾を煽る風が吹いた。慌ててスカートを押さえると、無風か穏やかな風が吹くくらいしかしない天界では珍しい強さの風はすぐに収まる。


「珍しいけど、良い風」

「それはどうも!」

「……え?」


 歩みに合わせてご機嫌で篭を振っていたら、頭上から声が降ってきた。

 当然声の聞こえたと思わしき方見るわけで、上を見た私は宙に浮く三つの存在に呆気にとられた。


「あ、こっち向いた向いた」

「声をかけたから」

「声をかけたからよ」


 宙に衣をゆらゆらさせて浮いているのは、三柱の神様。

 風の四兄妹神。細かく言うと、男神、女神、男神、女神の順で長男、長女、次男、次女になっているらしい。ただ、季節ごとに仕事を割り振っているので大抵一柱欠けている。

 今も姿は三つだけ。

 前世に会ったことのある神様たちの正体はすぐに分かったとはいえ、私は見上げたまま。


「おれたちのことを覚えているかな」

「僕らのことは覚えているはずがない」

「いやいや噂によると前の記憶があるらしい」

「そんなはずがないわ」

「だがそうらしい」


 彼らは相変わらずこちらに話を振っているようですぐに自分たちで喋りはじめる。


「いやいや彼女は例の」

「しっ! 駄目よ!」

「もしかすると父上様が」

「ちょっと!」

「そのために」

「駄目って言ってるでしょ!」

「ちょっとの噂話くらいいいじゃないか……」


 男神が女神に怒られ、大層しょんぼりする。お喋りが大好きなのに、遮られてばかりだったからだろう。

 それよりここに来て、私に声をかけてまで何の話をしているの?

 彼らの内の一柱が口にした『父上様』というのは、彼らを生み出した創世神様のことだ。


「ちょっとだけだよ」

「いけないものはいけない。余計なことを喋ると後でばれたときにこっぴどく怒られる」

「そうよ。私たちすでにちょっとだけ噂話を広めてしまった後よ?」

「それはアルヴァ様の神殿に――」

「貴方の噂話はちょっとで終わった試しがないと思いますが?」

「あ、キアラン」


 私が口を挟む隙もなくてどうしようかなと思っていると、隙なく飛び交う会話を遮る強者の第三者の声。

 風を司る神々の三対の目が揃って向いた方を私も追う。


「あ、キアラン様」


 風の神々よりも前触れもなく現れたキアラン様は私の後ろから歩いてきて、浮かぶ風の三柱を見据えている。


「ほら、キアランがいるのならますます間違いない」

「キアランがここにいるのは、こうして遭遇する確率は低くても珍しいことではない」

「でもキアランがいるのなら信じてあげてもいいわ、さっきの話」

「だろう? おれの風が拾ってくる話なんだから――」

「いらないことを喋りに来たのならお帰りくださいますか?」


 キアラン様が現れて一旦は止まっていたお喋りが再開して、またキアラン様が遮る。キアラン様強い。


「帰れって、ここはアルヴァ様の神殿だぞ?」

「駄目だよ。キアラン、ちょっと怒っている」

「ここは去るべきだと思うわ」

「ええ? あーキアランが若干怒っているのは同意だ。でもそんなに喋ってないぞ!」

「未遂と言えば未遂」

「私たち何も喋ってないわよ!」

「まあ、じゃあとにかく最近は平和で何より!」

「何より」

「何よりね」

「怒られる前に退散だ!」

「アルヴァ様によろしく」

「君もまたね!」


 私は一言も言葉を交わさないまま、風は去っていった。


「まったく……」


 私がぽかんとしている横で、ため息をつかんばかりのキアラン様。


「キアラン様、お久しぶりです」


 何をしに来たのかさっぱり分からなかった風の神々のことは置いておき、随分久しぶりのキアラン様に挨拶する。


「お久しぶりというほどでもありませんが、その後どうですか?」

「中々楽しいです」

「……それは良かった」


 最近のことを振り返って答えると、キアラン様は予想した答えが返って来なかったみたいな様子になった。

 あれ? 違ったかな。あ。


「あ、最近アルヴァ様が地上に降りる気配はないです」

「そうですね……お降りになっていないようで何よりです」


 答えるべきはこっちだったようだ。


「やはり、貴女に頼んで良かった」


 心底思っているような声音に、私は何と答えていいか分からなかった。


「庭が、見違えるようですね」

「え。――そうですよね!」

「はい。これがあの庭だとは……」


 荒れていた庭を思い出し、その面影がない広がる景色と比べている眼差し。


「頑張りました。四阿辺りは渾身の出来ですよ」

「貴女がそう仰るのなら、相当力を入れられたのですね。――アルヴァ様も庭をご覧に?」

「もちろんです。やりすぎたかもしれないと思っていたんですけど、意外と気に入っているかもしれない説が出てきてます」

「そうですか」


 滅多に笑わないキアラン様が微笑んだ。

 この神様は、実にアルヴァ様のことを敬愛している。キアラン様をこれだけ心配させるなんてアルヴァ様はまったく……。


「本当に、貴女に頼んで良かったです」


 またその言葉を繰り返すキアラン様を見ていて、私はにわかに口を開く。


「キアラン様、」

「はい」

「…………キアラン様クッキー食べます?」


 言ってから私は篭を探って、ハンカチに包んだそれを差し出す。たくさんあるのでお裾分けだ。


「クッキー……?」


 姿を表したお菓子を前にキアラン様が軽く首を捻った。この反応、見覚えがある。


「キアラン様まで、疑いを、」

「いえ、失礼。クッキーだとは分かります。以前にも貴女にはお裾分けして頂いたことがありますから」

「そうでしたね……」


 判断基準はそこか。「これは言われなければクッキーに見えない」と先日アルヴァ様に指摘されたことで敏感になっている私は複雑な心境に至る。

 キアラン様はすんなりと一つクッキーを摘まみ上げて、食べる。しばらく咀嚼。


「苦いですが、味はそのままなのではないでしょうか」

「そのまま?」

「はい。普段食事は摂らないので覚えています」


(それって、苦いのはレシピうろ覚えのせいじゃなくて、進歩なし? そうだったかな?)


 私の細かなところの記憶は曖昧だ。何をした、これで笑った。これは楽しかったといった思い出は記憶としてある一方で味覚情報はさすがに覚えていられない。レシピうろ覚えの点は単に覚えていないだけにしても、味の方はすっかり忘れて、美味しかったと記憶を改竄していたらしい。

 それにしてもそのままとは、この前アルヴァ様に最初に振る舞ってから何度か作っているのにも関わらず変わっていないのは。


「……」

「私もそろそろ失礼致します」

「――え、もうですか? アルヴァ様に会って行かないんですか?」

「ご様子は聞けましたので」


 どうも風の神々と鉢合わせするタイミングで来たのは、様子を聞きに来るために偶々重なった結果。

 それで満足だという風に、キアラン様は言葉通りに帰ってしまった。

 私は再度一人になり直して、歩き始める。アルヴァ様を探して、


「あ、アルヴァ様。もう少し早ければ……」


 探していた一柱の神様が向こうから現れた。


「早ければ、どうした」

「さっき元気な風が吹きました」

「ああ風の四兄妹神だろう、気配がした」

「キアラン様もいらっしゃってたんですけど……」

「最近よく来るな、あれは」


 風の神々の目的は前世からの傾向を踏まえて、たぶん通りすがりのお喋りなのでさておき、キアラン様が来ていたのはあなたを心配しているのだと教えてやりたくなった。







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