第10話 昇格ですか
私が奥庭に本格的に手を入れはじめてから早四日。
召し使いたちと急いで四阿周りを含めた残りの庭の花の配置や色をああだこうだ(と声に出していたのは私だけで、召し使いたちは巧みな身ぶり手振りで提案するまでになった)と決め、徐々に範囲を広め着手していっている状態。
とりあえず芝生を生やせばいくらか見映えは良くなるかもしれないけど、無闇やたらと全てを芝生で覆ってしまいたくはなかった。それと同じように早く仕上げるためにと何でもいいやと花を生やしたくなくて、計画を立てた。
「……広い……」
廊下沿いの庭よりも広いのがその先に続いている庭。子どもが何十人、下手すれば三桁単位でも伸び伸びと遊べるくらい広すぎる庭は、端から端まで走っていくと息が切れる。
そもそも神殿って、この神殿以外は知らないけど、アルヴァ様がいるだけなのにこの広さはどうなっているんだろう。何の用途でこれだけ大きな建物を建てたというのか。
位が高いから立派さが重要なのか。
建物以上に敷地も広いから、これを全て華やかにしてやろうなどという私の考えはたぶんやろうとしている期間に相当していない。長期間のんびりあっちだこっちだと順にゆっくり手をつけるなら楽しいが、こんなに急いでやるものではないと実感した。
どれもこれも庭を荒れさせていたアルヴァ様が悪いんだけど……。
と、ちらと四阿を見ると、今日もそこに行き着いたらしいアルヴァ様の視線がこっちに向いている。
見物しているだけって楽しいのだろうか。
実は一度一緒にしませんかと誘ってみると、見事に断られた。
アルヴァ様はけっこう不器用なのでそれが理由かもしれない。前世、私が男手が欲しいと理由をつけて誘ったとき、木を折ったことがありましたね。花じゃなくて木。力加減の問題かな。あのときは私笑ってたけど、よくよく考えるとすごい光景だった。
(私が何かとか言ってたから、そのための観察?)
彼は時おり、探るような目と戸惑うような目をする。そして稀にかつてと変わらない姿があるということが垣間見える。
***
「アルヴァ様、見つけました!」
さらに二日後、探していたアルヴァ様は意外と早く見つかった。神殿の中を駆けずり回ることにならなくて良かった。
廊下の柱にもたれかかり庭を眺めていたらしいアルヴァ様を見つけた勢いそのままに、手を掴むと「おい?」と怪訝そうな声。
「ちょっと来て下さい」
「どこへ」
「奥の庭、完成しました」
満面の笑顔で言うと、「少し前からお前が走り回っていたあの辺りか」と変な把握の仕方をされた。
「分かったから手を離せ。行けばいいんだろう」
「あ、すみません」
そのときになって手は土で汚れていなかったかと確認した。うん、洗って来たんだった。
私が手を引いていく位置関係から、横に並ぶ位置になり歩いていく。
この道も、その先にももう荒れた光景はない。
さっき完成したばかりの庭を思い出して、私は浮き足立って軽く急きそうになる。早く見せたい。
「……庭をいじっていて楽しいか?」
「楽しいですね」
即答する。
楽しいからする。それに、手を尽くした全貌を見るとどれだけ苦労しても達成感が湧くものだ。
「花が一面に咲いていると嬉しいですし」
「そうか」
「アルヴァ様はどうですか?」
「俺?」
「庭が綺麗になると、何だか心躍りませんか?」
「……どうだろうな」
曖昧な返事。
アルヴァ様は元々庭のことは召し使いに任せるだけで口出しをするような拘りは持ち合わせていない。『私』がはじめて見た庭は花はあまり咲いていなくて、こざっぱりしていた。
耳に装飾品があるくらいの彼を示しているように、最低限。
かつて私がこの庭を好き勝手してもいいと言われて喜んでいじっていたときも、笑みを浮かべ見守っていた。
――笑みはなくとも、彼がここ最近四阿でしていたように
(……そういえば、最近目付きが和らいできたような、きていないような……。でも笑わない。あと、地上へ行く素振りはない。これくらいの期間はこれまでも開いていたのかな?)
キアラン様も様子を見に来ないということは、今のところは安心なのだろうか。とか考えるのは途中で止めた。
奥の庭が広がった。
「どうですか、見違えるようですよね!」
奥の庭は廊下沿いとは異なった趣。
花は薔薇で統一したから薔薇園だ。白や赤、黄色をはじめとした地上でも見かける種類の他、地上では見ない色と柄をもった薔薇が咲いた。
薔薇尽くしは一度やってみたかったという前世越しに野望を叶えてしまった。
花は四阿の周りを縁取るようにも植えたので何より四阿が際立つ。柱に蔦が巻き付き、花をつけているから入り口が花のアーチみたいになっている。
そこから四阿の中に入っていく。
花の種がたくさんあって、最後は連日の疲れでここもあそこもやってしまえ!と最後の方は鈍った思考のままにやり過ぎた感じは否めないけれど、結果は綺麗だからすべてが許されると思う。
天界の花は全部綺麗でどんなに色合わせが悪くても調和してくれるから、やり過ぎても見目は悪くならない。素晴らしい。
問題ない。彼の性分と合っているかは別として、綺麗なアルヴァ様がこの庭に立つ分には似合う。
(……さすがに勢いに任せてやり過ぎたかな……)
今一度冷静に全貌を目の当たりにすると、豪華にしすぎたというか花を多くし過ぎた、かもしれないと見えてきた。
鈍って曇っていた思考が少し覚め、よくよく考えるとそもそもがアルヴァ様の趣味ではない。いくら庭は明るい方がいいと言っても彼の機嫌を損ねるのなら、綺麗にしつつも控えめにするべきだったろうか。
微かに不安が生まれてこっそり傍らを見上げる。
(またこの顔だ)
アルヴァ様は庭を視界に収め、目がよく見えなくなったときみたいな目をしていた。同時に目の前を見ているようで、どこか異なるものを見ているような目。
「アルヴァ様」
声をかけると、遠くを見るような眼差しが返ってくる。私を見下ろす。
「どうですか? 控えめにしろと言われてももうやってしまったんですけど」
「……見違えるようなのは、否定は出来ないな」
「ですよね」
「やってしまったものも仕方がない」
「ということは合格ですか!」
予想以上の好感触で、嬉しくなってますますアルヴァ様を見上げると、彼はおもむろに庭を見渡す。
ゆっくりと時間をかけ、眺める。
「俺はこんな庭は趣味ではない」
「で、ですよね」
「だが、どこか懐かしい気がする」
「……え」
私が予想もしていなかった言葉に戸惑いの声をこぼしたことに気がつかず、アルヴァ様は独り言を言うように続ける。
「いや単に、落ち着くだけか」
「……」
アルヴァ様が私をその目に映す。
「お前は、不思議だ」
目を見て、肩から力が抜けた。
理由もなくなぜか違う、と思った。
「妙から昇格ですか、それ」
妙な人間と称されていた過去を持ち出して軽く微笑み聞けば、「同じようなものだ」と返ってきた。
昇格なし。
「庭も完成したことなので、これからはここで心おきなくゆっくりしてください。あ、折角なので今からお茶しましょう」
「何が折角なのでだ」
「この庭が色とりどりになったときにはお茶してくださいって言ったじゃないですか」
「つまりお前が勝手に言っただけだろう」
「ばれた」
発言を偽造すれば良かった。
「お茶はいい」
アルヴァ様が座り、庭を眺める。
「私、ここにいてもいいですか?」
「連れてきたのはお前だろう。いろ」
お茶は出来なかったけど、ずっと、庭を眺めていた。
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