第9話 わざわざそこを選ばなくても




 今日、アルヴァ様を見つけたのは偶然だ。


 廊下からの眺めは花も咲き、隅々まで完璧。若干予想していた色や形とは異なった花が咲いたりしたけれど、綺麗なので全ては許される。

 しかし庭の整備はこれが全てではない。今回終えたのはあくまで廊下から見える庭。

 次に奥へ続く方の庭に本格的に手を入れようという考えで、奥へと向かう道すがら。

 道を作るように植木はすでに配置している一方で、その他は全く手を回せていないから廊下側から離れて奥に進むにつれて殺風景となる。


(雑草が生えていれば、もっと酷かっただろうな)


 伸び放題の雑草、枯れた花、朽ちかけた植木。究極の荒れた庭になっていただろう。


 奥の庭にはすっかり忘れていた四阿がある。神殿と同じ材質の白い素敵な四阿。

 四阿は庭の奥の奥にあり、その向こうは途切れている。柵といった落ちないようにするものはなく、眼下には雲が臨めるような造りで、真っ直ぐ見るとどこまでも果てがないような透き通った青色の空が広がる。

 四阿の向こう側の本当にギリギリのところに足を投げ出して座ると、落ちるかもしれない危険が最大限にあるけど、気持ちいいのだ。

 だから周りの庭を綺麗にしたらアルヴァ様を引っ張って連れて来よう。


「あれ……?」


 と思っていると、奥の奥。小さな白い建物の中に誰かがいる。

 何となく植木の裏沿いにそっと近づいて遠目に中を覗いた結果、アルヴァ様だった。


(どうしてここに……!)


 どうしても何もここは彼の神殿。どこにいようが自由。だが何もまだ整備していない庭が広がるここにいなくともいいではないか。

 ゆっくり出来るここを先にしなかった私の計画性の無さのせいか。ここに来たとき廊下から最初に見かけた庭の酷さが衝撃的すぎて、そちらを先に先にとしたことが間違っていたか。

 でも廊下を通る確率の方が高いから間違ってはいなかったはず。


「好んで来るとは思うはずない……」


 植木の裏に座り間からアルヴァ様を眺めていると、記憶の欠片が目の前の光景に被さった。

 どれくらい前かなんて、もう、分からない。この奥庭も、どこも庭も今回のように召し使いたちと好きなような色に染めていた。背の高い植木や敷石、芝生以外は好きなようにした。

 奥庭はあるときは白に染まり、青に染まった。花びらが揺れ、召し使いたちに手伝ってもらいながらも自分の手が加わった庭に彼の手を引っ張り、四阿の中で一日中飽きずに眺めていた。


 四阿の中には姿形変わらない一柱の神。私は姿形が変わり、別人として離れたところにいる。


「そんなところに隠れて、何をしている」


 はっとして瞬くと、四阿の中の神様の黒い瞳が私を捉えていた。

 気がつかれていたようだ。


「隠れてはないですよ」


 指摘されては出ていくしかない。

 植木を遠回りして出て行き四阿まで行って誤解を解く。


「あれを隠れているとしなくて何だと言う」

「まさかアルヴァ様がここにいるとは思わなくて、不審者の可能性を考えて遠巻きに確認していました」


 アルヴァ様は呆れたような雰囲気を出した。呆れたいのは私の方でもある。


「それにしてもですね、よりによってどうしてこんな庭しか広がっていないここにいるんですか……」

「庭? ああ、俺は別に庭を見に来たわけではないからな」

「じゃあ何をしに?」

「単に歩いてきて、ここについただけだ」


 散歩?


「歩くのなら、廊下沿いに素敵な庭が出来上がったじゃないですか。そこを歩いてください」

「気が向いたらな」


 生まれ変わった庭を前にして気が向かないのであれば、どうすれば良いのか。


「ここもこれから手を入れていきますけど……ん?」


 背後から近づく気配に反応すると、現れたのは召し使いの一人。


(お茶だ)


 四阿にいるからお茶にするとでも思って気を遣ったのか、お辞儀して、熱そうな紅茶が注がれたカップをテーブルの私の前に置く。アルヴァ様の前には彼を窺いながらことさらそっとカップが置かれた。

 さらには小皿に盛られたお菓子も。

 最近私の衣服も作ったりしてくれたりと召し使いたちの気遣いが鋭い。やはり、これまでじっとしていた分の力が溢れだしているのだろうかと考えてしまう。

 最後にお辞儀して召し使いは四阿を後にした。


「……ありがとう……?」


 遅すぎにも遠ざかっていく背中にお礼を言ってから、テーブルの上に視線を落とす。


「俺はいいというのに……座れ」

「あ、いいですか」

「勝手に茶をしておけ」

「アルヴァ様はお茶しないんですか?」

「俺には必要ないものだ。わざわざしようとは思わない」

「必要なくても美味しいものは美味しいですよ。私だって食事は必要でもお菓子が必要なわけではないですけど、美味しいものは美味しいですから。私一人でお茶すると虚しいので付き合うと思って頂きましょうよ」


 ほらほらと半ば強引に促すと押しすぎたか、ちょっと嫌な顔をされる。

 お菓子だけなら私が頂いても構わないけれど、一人でお茶が虚しいのは正直なところ。アルヴァ様を前に、私はカップを持ち上げた。

 そして口をつける直前に止まる。


「このカップ……」


 見覚えのあるカップだった。前世、気に入って他にもあるのによく使用していたカップ。

 私は思わず召し使いが去っていた方を見た。

 数ある中の、このカップ。私だけでなく飲食が必要ないアルヴァ様に出されたお茶。

 彼らの主が神様には嗜好品に過ぎないお茶を付き合いしていたことを、彼らは覚えているのだろうか。そして私が付き合わせていた『私』だということも。それとも、偶々?


「何だ。不味かったのか」

「え、いやまさか、彼らが作ってくれるものは何をとっても美味しいですよ」


 声をかけられて、アルヴァ様に視線を移してあらぬ見解を正す。


「まあここは確かにお茶をするには景観がもの淋しいので、アルヴァ様が散歩の気まぐれではなくここにいたくなるように色とりどりにしてみせますね。そうなったときにはお茶してください」


 笑って言うと、アルヴァ様は目がよく見えなくなったときみたいに目をすがめた。


「どうかしました?」

「……いいや」


 彼は首を振り私から目を逸らした。





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