第3話 食いしん坊さんなの?

次の日、バイトは二時からとの連絡があったので、コンビニによって食べ物を買ってから、二時少し前に着くように公園に向かった。


公園に着くと、彼女はもうベンチに座っていた。

「こんにちは、本当に来てくれたんですね」

「ああ。それにしても早いな」

「公園の主ですから」

彼女は得意げな顔でそう言った。

「そうか」

俺が少し笑いながらそう言うと、彼女は不思議そうな顔で、おかしいですか? と尋ねてきたので、「いや」と否定しておいた。


「その荷物なんですか?」

「お菓子とかだな、ここに来る前に買ってきたんだ。食べるか?」

「はい、ありがとうございます」

俺は彼女の隣に座り、袋の中身を差し出した。


「それで、今日は何のお話をしましょうか?」

「そうだな、何でもいいよ」

「あ、それ一番女性に言っちゃいけない言葉ですよ。この前テレビでやってました」

少し緩んだ顔で彼女はそう言った。

「ははっ、いや、ごめん。そうだな、昨日の話の続きをしようか」

「いいですね」

彼女の顔の緩みはまだ収まらないようだった。


「そんなにおかしいか?」

俺が疑問に思って聞くと、

「いえ、なんか楽しいなと思いまして」

「楽しい?」

「はい、こうやってお菓子とかを食べながら、誰かとお話をする機会、あんまりなかったんで」

「そっか。俺なんかと話して楽しんでもらえてるなら嬉しいよ」

だけど、話す機会があんまりないって、この子はどんな生活を送ってきたのだろうか?

当たり前だけど、俺はこの子のことをよく知らない。何で公園に来ているのかもわからないし、どういう子でどんな人生を歩んできたかも知らないんだ。

俺はそれが少し不気味に思えてきた。


「聞いてますか?」

俺が考え事をしているうちに、彼女の話はもう始まっていたようだ。俺の肩を揺さぶりながらそう聞いてきた。

「ああ、涙の話だよな」

「はい、やっぱり赤がいいと思うんですよ」

「SOSのサインとして目立つからだよな」

「はい」


ここで一つ疑問が芽生えた。

「でも、それなら何で赤なんだ。目立つ色なら他にいくらでもあるだろ?」

俺はその疑問を彼女にぶつけた。

彼女と話していると、素直な子供のように疑問をすぐ口にしたくなる。多分、彼女が明確な答えをくれるからだろうな。


「そうですね、逆転クオリアって知ってますか?」

「確か自分が見ている色と、他人が見ている色は違うかもしれないってやつだよな?」

クオリア、確かそんな話だった覚えがある。

「その通りですね。私が「赤」だと教えられてきた色、例えばイチゴ、そして私が「緑」だと教えられてきた色、スイカとかですかね、イチゴとスイカこれを私は「赤」と「緑」として教えられてきました。そしてそれは他の誰かも同じで、イチゴを「赤」、スイカを「緑」だと認識しています。

でも、私が見ている「赤」を他の誰かは私が「緑」だと思っている色で認識しています。しかし、その私が「緑」だと思っている色は、その人の中では「赤」と名付けられているため、表面上の色の名前としては一緒で、会話にも差し支えはありません。でも見えている世界の色は全然違う。そんな話ですね」


「ああ、でもそれがどうしたんだ、今回の話と関係あるか?」

「つまりですね、意味があるのは「赤」という色ではなくて、「赤」という言葉だということです」

どういうことだ? それは同じ意味じゃないのか? 彼女の言いたいことがよくわからなかった。


「悪い、もう少し具体的に言ってもらっていいか?」

「そうですね、じゃあ赤色と聞いて何を思い浮かべますか?」

「そうだな、イチゴとかトマトとかか?」

「ふふっ、あなたが食いしん坊さんだということはよくわかりました」

いたずらっぽく笑いながら彼女はそう言った。

「いや、別にそういうわけじゃ……」

食いしん坊のレッテルを貼られるのは嫌なので、とりあえず否定はしといた。


「すみません、冗談ですよ。そのですね、じゃあ、赤色で危ないものといったらどうでしょうか?」

「危ないものか…… 赤信号とか、……そうか血か」

「正解です。そう、血ですね。血の色が「赤」と呼ばれていることが大切なんです」

「確かに血には危機感を覚える。だから赤がいいのか」

「そうです、別にあなたにとっての「赤」が私にとっての「緑」だとか、そんなことはどうでもいいんです。血の色が「赤」と呼ばれている。そして血が流れていると人は危ないと判断する。この二つが大切なんです。

何色に見えていようと、涙が血と同じ色なら、人はすぐにその人のSOSに気づいてくれるでしょ?」


「なるほどな、確かになかなか面白い話だな」

「どうですか? これで赤がいいと思ったでしょ?」

彼女の話は筋が通っていたし、納得もした。それでもやっぱり俺の心は変わらなかった。

「筋は通ってるんだ、納得もしてる、でもやっぱりなんか違う気がするんだよな」

上手く言葉をまとめることができなさそうだったので、そのまま口にした。


「そうですか…… 残念ですね。でも負けませんよ。必ず納得させてみせます」

また、いたずらっぽく笑ったその顔に、俺は見惚れていた。

「どうしたんですか? 聞いてますか?」

見惚れて、止まったままの俺に彼女が問いかけてきた。

「ああ、大丈夫だ。そうだな、望むところだ。納得させてみてくれ」

「はい、もちろん」

そう笑いながら言った、その笑顔に俺はまた見惚れた。

「そうですね、じゃあこんな話があります……」



それから毎日俺は公園に行き、彼女と話をした。

話の内容は涙の色の話だけではなく、お互いのことや、他愛もない話などいろいろ、本当にたくさん。

彼女と話す時間は俺にとってだんだん大切なものになっていき、普段人と喋る機会の少ない俺は、この時間だけが人と関わる時間になっていた。


もちろん、その間もバイトは継続しており、この前、今までのバイト料が本当に振り込まれた。

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