第242話達哉楽天行

達哉たっさい楽天行


達哉たっさい達哉たっさい白楽天 分司東都十三年 七旬纔満冠已掛 半禄未及車先懸

或伴遊客春行楽 或随山僧夜坐禅 二年忘却問家事 門庭多草厨少烟

庖童ほうどう朝告鹽米尽 侍婢暮訴衣裳穿 妻孥不悦甥姪せいてつ悶 而我醉臥方陶然

起来與爾画生計 薄産處置有後先 先売南坊十畝園 次売東郭五頃田

然後兼売所居宅 髣髴ほうふつ獲緡二三千 半與爾充衣食費 半與吾供酒肉銭

吾今已年七十一 眼昏鬚白頭風眩 但恐此銭用不尽 即先朝露帰夜泉

未帰且住亦不悪 飢餐楽飲安穏眠 死生無可無不可 達哉たっさい達哉たっさい白楽天


白楽天よ、よくやったと、歌う。


白楽天よ、よくやった、よくやった。

東都に分司の職を得て、十三年目になる。

七十の歳を迎えるとともに、冠を脱ぎ、半額の恩給などは受けることはせず、

自ら願い出て、職を辞した。

その後は、遊び仲間と春の行楽に出かけたり、僧侶に教わって夜に座禅を組んだり。

とうとう、二年も生計など全く考えもせず、門や庭は草が生い茂ってしまった。

今では、炊事場に煮炊きの煙も立つことがない。

料理係の青年は、朝方、塩も米も無くなったと言ってきた。

女中は、夕方、衣類に穴が開いたと文句を言ってきた。

妻の機嫌は悪いし、甥子たちは不安な様子である。

かといって、この私は、酔っ払って横になり、なかなか良い気分だ。

さて、起きだして、お前たちと今後の家計を考えるとしよう。

たとえわずかな財産であっても、処分というものには、順序があるのだから。

まずは、南の町の十畝の菜園を売る。

次に東の町外れの五頃の畑を売る。

それらを行った後、今住んでいる屋敷を売れば、およそ、二、三千緡といったところだろうか。

その半分は、お前たちの衣食の費用で、もう半分は私の酒肉の費用としよう。

この私も、今や七十一だ。

目はショボショボとするし、鬚は白いし、頭もボンヤリしているのだ。

ただ、心配と言えば、この金が使い切れないこと。

朝露より先に、黄泉の国に帰ってしまうこと。

死なないで、このまま生きながらえるのも、悪いことではない。

腹が減れば食べ、酒を楽しく飲み、そのまま何も考えずに眠る。

死ぬことにしろ、生きることにしろ、可もなく不可もない。

白楽天よ、よくやった、よくやった。


達哉たっさい:外物にとらわれない、のびやかな境地を得た状態。満足感。

※七旬:七十歳。「纔」は「~途端に」の意味。

・白楽天は、かつて、いつまでも退官しない高官を批判し「致仕せず」という詩を作ったように、七十歳退官はかねてからの持論であり、実際に自分でもこれを実行した。

※半禄:至仕後は、俸給の半額は支給される。

※畝:唐代では約5・8アール。

※頃:唐代では約580アール。


○会昌二年(842)、洛陽の作。

○七十歳を過ぎた最晩年の作に属する。

○本当に貧しくなったのではなく、貧しさの表現は、ほぼジョーク。

 凄い財産があるのに、おそらく使い切れずに死んでしまうことを、心配している。

 そして、そんな状態になった、他人から見れば贅沢極まりない心配を得ることができた自分自身に、拍手をしているような感じだろうか。

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