第229話北窓三友

北窓三友


今日北窓下 自問何所爲 欣然得三友 三友者爲誰

琴罷輒挙酒 酒罷輒吟詩 三友㴲相引 循環無已時

一弾愜中心 一詠暢四支 猶恐中有聞 以醉彌縫びほう

豈獨吾拙好 古人多若斯 嗜詩有淵明 嗜琴有啓期

嗜酒有伯倫 三人皆我師 或乏担石儲 或穿帯索たいさく

絃歌復觴詠しょうえい 樂道知所歸 三師去已遠 高風不可追

三友游甚熟 無日不相随 左擲白玉卮 右拂黄金徽 

與酣不畳紙 走筆操狂詩 誰能持此詩 爲我謝親知

縦未以爲走 豈以我爲非


北の窓の三人の友


今日は、北の窓辺にのんびりとしている。

そこで、今日は何をしようかと自問する。

嬉しいことに、私には三人の友がいる。

さて、その三人とは誰であるのか。

琴を弾き終わると、杯を挙げる。

酒を飲み干せば、詩を吟ずる。

この三人は交代で、私の相手をしてくれる。

何回も、ぐるぐると交代して止まることがない。

琴をひとたびつま弾けば、心は満足を得る。

詩をひとたび吟じれば、身体はくつろぐ。

そんな中でも、たまには隙間ができる。

それが嫌なので、酒に相手をしてもらい、隙間を取り繕う。

こういう生活は、私の世渡りの拙さだけから好むものではない。

古人にも、こういう人が少なくない。

詩を好むと言えば、陶淵明。

琴を好むと言えば、栄啓期。

酒を好むと言えば、劉怜。

この三人は、全て私の師匠である。

わずかな米の蓄えもない者、穴があいた衣を縄で結ぶような者。

そんな彼らでも、琴を弾き、そして歌い、人生を楽しみ、行き着く先を理解していた。

この三人は、とっくに亡くなっているけれど、彼らの気高さには、なかなか追いつけない。

さて、私の三人の友との交遊は、至って篤いものがある。

何しろ、一日として顔を見ない日はない。

左手で白玉の杯を投げると思えば、右手で黄金の琴を弾く。

興を覚えれば、罫もない紙に、あれこれ取りとめのないことを書き散らす。

誰でもいいけれど、この言葉を持って、私の代わりに親戚知人に謝ってくれないだろうか。

まあ、たとえ誉められることはないけれど、否定まではされないだろうから。


※北窓:陶淵明が北の窓辺で昼寝をした快適さを記したことから、閑適の快さを表現する言葉となった。

※欣然:うれしいことに。

※愜中心:心に満足を覚える。

※吾拙好:拙は、世渡りが拙いこと。

※啓期:与えられた条件に満足して幸福に生きた古代の人。琴をよくしたと言われている。

※伯倫:劉怜の字名。魏晋時代の哲人。竹林の七賢の一人。


○大和八年(834)、洛陽の作。

○ほぼ仕事もなく、琴、酒、詩を三友として、のんびりと過ごしている。

 歴史上の琴・酒・詩を愛した先人を三師として、自分をその弟子とする。

 最後の部分で、世間体を少々気にするところが、白楽天らしく面白い。

○菅原道真に「楽天の北窓三友詩を詠ず」の詩がある。

 大宰府に左遷された道真としては、白楽天が楽しんだ三友は、自分にとっては悲しみの友と詠んでいる。

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