第228話思舊

思舊


閑日一思舊 舊遊如目前 再思今何在 零落歸下泉

退之たいし服流黃 一病訖不痊 微之煉秋石 未老身溘然こうぜん

杜子得丹訣たんけつ 終日斷腥膻せいせん 崔君誇藥力 經冬不衣綿

或疾或暴夭ぼうよう 悉不過中年 唯予不服食 老命反遲延

況在少壯時 亦為嗜欲牽 但耽くん與血 不識こう與鉛

饑來吞熱物 渴來飲寒泉 詩役五藏神 酒汩三丹田

隨日合破壞 至今粗完全 齒牙未缺落 肢體尚輕便

已開第七秩 飽食仍安眠 且進杯中物 其餘皆付天


昔の友を思い出して


暇な日であったので、昔の友を少し思い出してみた。

かつて親しく遊んだことが目の前に浮かび上がった。

彼らが、今はどこにいるかと思い直すと、全員が黄泉の国に帰ってしまった。

退之たいしは、仙薬の流黃を服用して、病を得てしまってからは回復することはなかった。

微之は、丹薬の秋石の薬を作っていたけれど、あの若さで突然亡くなってしまった。

杜子は煉丹の秘法を手中にして、始終肉食をしなかった。

崔群は薬物の効力を誇り、冬でも綿着を身に着けなかった。

病気になる者にしろ、若くして突然亡くなる者もあったけれど、誰も中年を迎えていない。

この私だけが、薬物を何も服用しなかった。

卻って長生きをしている。

思えば、この私とて、欲望には誘われたものだ。

ただし、肉食は好んだけれど、水銀とか鉛には手を出さなかった。

空腹を感じれば、熱い麺を食べ、のどが渇けば、冷たい水を飲んだだけであった。

さて、詩を作るということは、五臓の神を酷使すると言う。

そして、酒を飲むということは、三つの丹田を損なうと言う。

そういうことであるならば、私のような生活を送ってくれば、日々に身体が弱るのが当然なのに、現在になっても、とくに弱ったところはない。

歯は残っているし、手足の動きは軽い。

すでに、六十の歳を過ぎたけれど、たくさん食べて、ぐっすり眠ることができる。

さて、まずは杯の中のものを口にして、それ以外のことは全て天に任せることにしよう。


※下泉:黄泉の国。

退之たいし:白楽天とともに、中唐を代表する文人韓愈の字名。

※流黃:イオウのこと。仙薬として服用されたけれど有毒。

※秋石:丹薬。人尿を結晶させたもの。

溘然こうぜん:突然。

※杜子:杜元頴。白楽天と同年に進士合格して以来の友人。

丹訣たんけつ:煉丹の秘法。

腥膻せいせん:肉食。

※崔群:崔玄亮。進士科、吏部試の両方に同時に合格して以来の友人。

暴夭ぼうよう:突然の夭折。

くん與血:肉食。

こう與鉛:水銀と鉛。

※三丹田:人の身体の三つの丹田。身体を維持するのに重要な部分とされる。眉の間、心臓の下、へその下に位置する。

※開第七秩:六十歳代に入ったこと。


○大和八年(834)、洛陽の作。

○健康を気にして仙薬とか丹薬を使っていた旧友は全て先に亡くなってしまった。

 何も服用しなかった自分は、健康で長生きしている。

 それにしても、不思議な養生法があったものだと思う。

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