第160話 洛下卜居

洛下卜居ぼくきょ

(余罷餘杭守 得天竺両石 華亭一鶴 同載而歸)


三年典郡歸 所得非金帛 天竺石兩片 華亭鶴一支

飲啄いんたく稻粱とうりょう 包裹ほうか茵席いんせき 誠知是勞費 其奈心愛惜

遠從餘杭郭 同到洛陽陌 下たん拂雲根 開籠展霜翮そうかく 

貞姿ていし不可雜 高性宜其適 遂就無塵坊 仍求有水宅 

東南得幽境 樹老寒泉碧 池畔多竹陰 門前少人跡

未請中庶祿 且脫雙驂そうさん易 

(買履道宅、値不足、因以両馬償之)

豈獨為身謀 安吾鶴與石


洛陽の中に、居宅を構えた。

(私は杭州刺史を辞した時に、天竺の石を二つ、華亭の鶴一羽を手に入れて、一緒に車に乗って帰ってきた)


刺史の任にあったのは三年間、それを辞して戻ったことになるけれど、手に入れたものは金銭ではない。

天竺の石を二つ、華亭の鶴を一羽である。

その鶴の餌として極上の米や栗を与え、石は人間が使う褥や敷物で包んだ。

本当に高い買い物であるけれど、心から気に入ってしまったものであり、仕方がない。

そして、杭州の町から一緒に遠路を旅し、この洛陽の町にやって来た。

荷から石を降ろして、塵を払い落とす。

鶴は籠を開けて、白い翼を伸ばさせる。

気高さに満ちた鶴は、他の何とも一緒にはできない。

清らか限りない石には、そのおさまるべき場所がある。

それもあって、けがれのない場所に居を探し、水が流れる場所に屋敷を求めた。

その場所は町の東南にあり、まさに幽境である。

木々は気品に満ちて、泉からの水は冷たく碧色をしている。

池のまわりには竹が豊かに影を落とし、門前には行き来する人が少なく落ち着いている。

さて、今回の太子左庶子の俸給を支給される前であったので、先に二頭の馬を馬車から外して代金とした。

(履道里の屋敷を購入する時、代金が不足していたので、二頭の馬でそれを補う必要があった)

これは、自分一人のために考えたわけではない。

私の鶴と石のことを大切にしたかったからである。


卜居ぼくきょ:居宅を構える。

※天竺両石:「天竺」は杭州の飛来峰の別名。そこから、大きな庭石を運んだものと思われる。

※華亭:地名で、江蘇省松江県の西。

※典郡:「典」は主管する。州刺史であったことを意味する。

飲啄いんたく稻粱とうりょう飲啄いんたくは鶴が水を飲み、餌を啄むこと、稻粱とうりょうは米と栗。鳥の餌としてはかなり上質なもの。

茵席いんせき:人間のためのしとね。

※其奈:どうしようもないの意味。

※陌:都市の大通り。ここでは町の意味。


○長慶四年(824)、洛陽の作。

○杭州から高価な大きな庭石と鶴を運び、馬を二頭売ってまで求めた洛陽の居宅は、終の棲家となった。

○何故、石と鶴が白楽天の心を捉えたのかは、詳しくは書かれていない。

 おそらく、旧任地杭州が、よほど白楽天にとって幸せな土地だったのだと思う。

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