第121話十年三月三十一日、別微子於灃上(1)

十年三月三十一日、別微子於灃上ほうじょう

十四年三月十一日夜、遇微子於峡中。

停舟夷陵いりょう、三宿面別。言不盡者、詩以終之。

因賦七言十七韻以贈、且欲記所遇之地與相見之時、爲他年會話張本ちょうほん也。


灃水店頭春盡日 送君上馬謫通川 夷陵峽口明月夜 此處逢君是偶然

一別五年方見面 相攜三宿未回船 坐從日暮唯長歎 語到天明竟未眠

齒發しはつ蹉跎さた將五十 關河かんが迢遞ちょうてい過三千 生涯共寄滄江そうこう上 郷國倶抛白日邊

往事渺茫びょうぼう都似夢 舊遊流落半歸泉 醉悲灑涙春杯裏 吟苦支頤曉燭ぎょうしょく


十年三月三十一日、微子(元稹)と灃水のほとりでお別れをした。

十四年三月十一日の夜に、峡中で出会いを果たした。

船は夷陵いりょうに停め、三晩を一緒に過ごし、別れた。

言い残した思いは、詩に書きつくすとする。

そこで、七言十七韻の詩を賦して贈る。

その詩には、出会った場所と日時を記載して、後年の話のたねにしようと思っている。


春の最後の日、灃水の旅館から君が馬に乗り通川に左遷されるところを見送った。

そして名月の夜に、三峡の入り口の夷陵で君と再会を果たした。

なんという偶然なのだろうか。

君と一旦別れて、既に五年、ようやく会うことができた。

そして手を取り合って、一緒に三晩。

船はまだ、停めたままだ。

日暮れに座ってから、ため息ばかり。

語り続けて、空が白んでも、とうとう眠れなかった。

お互いの歯や髪には、五十の老いが近づいている。

遥かな山河により、三千里の隔てがあった。

思えば君も私も水辺に寄せる生涯だ。

お互いに郷里を白日の彼方に投げ捨ててしまったと思う。

昔のことは果てしなく遠くなり、すべては夢のようだ。

昔の友達は落ちぶれて、半ばは黄泉に帰ってしまった。

酒に悲しく酔っては、春の盃の中に涙をこぼし、

詩を苦しく吟じては、明け方の灯の前で頬杖をついている


※灃水:長江を通って渭水に注ぐ川。灃上はそのほとり。

※張本:話のたね。

※店頭:旅館。

迢遞ちょうてい:遥かに遠いさま。

※歸泉:黄泉の国に帰る。


※影響を受けた和歌

さかづきに春の涙をそそきける昔に似たる旅のまとゐに

(式子内親王『式子内親王集』)


思ひいづる昔は夢のうたた寝に友なき袖のぬれぬ日ぞなき

(慈円『拾玉集』)


見しはみな夢のただぢにまがひつつ昔は遠く人はかへらず

(藤原定家『拾遺愚草員外』)


○訳をしていながら、うれしくなってしまった。

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