第108話江南謫居十韻

江南謫居たっきょ十韻


自哂沉冥ちんめい客 曾為獻納けんのう臣 壯心徒許國 薄命不如人

わずか展凌雲はね 俄成失水鱗 葵枯猶向日 蓬斷即辭春

澤畔たくはん長愁地 天邊欲老身 蕭條しょうじょう殘活計 冷落舊交親

草合門無徑 煙消こしき有塵 憂方知酒聖 貧始覺錢神 

虎尾難容足 羊腸易覆輪 行藏與通塞 一切任陶鈞 


江南での流謫の生活 十韻


このよれよれの男が、かつて天子に意見を奉る臣下であったとは、われながらおかしいと思ってしまう。

天下に我が身を捧げようとする壮志は、あっけなく消え去った。

今は人後に落ちない不幸の身分となっている。

羽を広げ雲を凌ごうとしたした途端、干物の魚になってしまった。

ひまわりは枯れても、太陽(天子)を向き、蓬はちぎれて春(春宮)に別れを告げる。

果てしなく続く憂いを水辺に追いやられて浸り、老いゆく我が身を地の果てに寄せている。

無残でわびしい暮らしが続き、旧友との交わりも冷え切ってしまった。

草むした門への道は見えなくなり、釜には煮炊きする火もなく塵が積もっている。

こういう悲しみの中で、酒が聖なるものであることが、初めて身にしみた。

お金の尊さは、貧窮に陥って初めて理解する。

虎の尾を踏むような危険なことはできない。

羊腸(つづら織り)の坂道では、車がひっくり返りやすい。

この上は、身の進退、運命の良し悪しは、全て残らず造物主のご意思に委ねる他はないと思う。


※自哂:我が身をわらってしまう。

獻納けんのう臣:天子に諫言をすることを任とする臣下。

※薄命:他人より不幸であること。

わずか展:途端に。

蕭條しょうじょう:寂しい様子。

※羊腸:つづらおりの道。

※行藏:外で活動することと、家に籠もること。

※通塞:運の通じることと、塞がれること。

※陶鈞:陶器をつくる「ろくろ」。造物主を表現している。


○元和一二年(817)、江州の作。

○天子直属の身分から左遷され、貧窮の生活が続く白楽天。すでに諦めの境地なのか、それでも、悲哀感あふれる文が続く。

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