第104話東南行(13)

孔窮緣底事 顏夭有何つみ 龍智猶經かい 龜靈未免刳 

窮通應已定 聖哲不能 況我身謀拙ぼうせつ 逢他厄運拘

漂流隨大海 鎚鍛ついたん洪爐こうろ 險阻嘗之矣 栖遲せいち命也夫

沉冥ちんめい消意氣 きゅうが餓耗肌膚 防瘴和殘藥 迎寒補舊襦きゅうじゅ

書床鳴蟋蟀しっしゅつ琴匣きんこう網蜘蛛 貧室如懸けい 端憂劇守株


孔子が窮地に追い込まれたの理由は、何だろうか。

顔回が若くして死んだのは、何の罪故なのか。

知恵においては比類のない龍は、塩漬けの状態。

秀霊を備えた亀は、その身体を裂かれてしまう。

運命というものは、事前に決められているものだ。

それに対しては、聖人でも哲人でも、乗り越えることはできない。

そのうえ、この私などは、世渡りは下手だ。

疫病神のたくらみに、たわいもなくエジキとなってしまった。

このうえは、大海原に漂うのに任せ、大鉱炉で打たれるのに委ねよう。

既に世間の辛苦は味わい尽くした。

失意のうちに過ごすのも、私の運命なのだ。

意気消沈の中に沈み込み、その窮乏さゆえ肌も荒れた。

おこりの予防には古い薬しかなく、寒くなれば昔の古着を繕うしかない。

書棚にはコオロギが鳴き、琴には蜘蛛の巣ができている。

けいをぶら下げたかのように、部屋の中はまさに空虚だ。

身にしみるのは深い憂鬱、ウサギを待って株を見守る男よりも程度が低い。


※孔窮緣底事:「孔」は孔子のこと。聖人であり哲人でもある孔子でさえも、不幸を免れなかった。「孔窮」は孔子が陳・蔡で苦難に直面したことを指す。「緣底事」は「どんな理由なのか」の意味。

※顏夭有何つみ:「顏」は顔回。孔子の弟子。四十歳で夭折。「つみ」は罪。

※龍智猶經かい 龜靈未免刳:神聖な動物である龍や亀でも危害にあう。「かい」は塩漬け。亀を裂いて占いに使ったという意味がある。

※窮通:不幸と幸運。運命の意味。

栖遲せいち:失意の様子。

※防瘴和殘藥:「瘴」は南方の風土病。「和」は調合する。

舊襦きゅうじゅ:古い肌着。

※書床:書棚。

けい:石製の打楽器。内部は空洞。部屋の中の空虚さとかけている。

※守株:中国の故事(笑い話)。偶然、木の株にぶつかって死んだウサギを得た宋の農夫が、二匹目をあてにして株を見守り続けて、国中の笑いものになったという。

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