第87話香鑪峯下(2)

如獲終老地  忽乎不知還  架巖結茅宇  劚 壑開茶園

何以洗我耳  屋頭飛落泉  何以淨我眼  砌下生白蓮

左手攜一壺  右手挈五弦  傲然意自足  箕踞於其間

興酣仰天歌  歌中聊寄言  

言我本野夫  誤爲世網牽  時來昔捧日  老去今歸山

倦鳥得茂樹  涸魚反淸源  舍此欲焉往  人間多險艱けんかん



まるで終の棲家を見つけたかのようだ。

本当に帰ることを忘れてしまった。

草葺の小屋を岩に立てかけて作り、谷間を切り開いて茶畑を作った。

自分の耳をどうやって洗うのかと探してみると、滝の水が屋根に落ちてきている。

自分の目をどうやって清めるのかと探してみると、みぎりには白い蓮の花が咲いている。

左手には酒壺があり、右手には五絃の琴がある。

どっしりと座って何の不満もなく、この場で足を投げ出してしまう。

興が乗れば天を仰いで歌い、その歌の中にも、様々な想いを込める。


この私は、もともとが田舎者だ。

それが何の手違いなのか、世間にとらわれてしまった。

天子のおそばにお仕えする時期もあったけれど、今や老いを得て山に戻った。

それは鳥が飛び疲れて茂みを見つけるかのように。

魚が干上がりそうになり、清らかな水源に戻るかのように。

さて、この地を離れて、どこに行くべきところがあるのだろうか。

人の世というものは、苦難に満ちているというのに。



茅宇ぼうう:草葺の屋根

※劚 壑:谷間を削る

※飛落泉:滝の水が落ちる様子。

箕踞ききょ:両足を投げ出して坐る。

※野夫:いなかもの

※捧日:天子に仕える。


○元和十二年(817)江州の作。

○もともと官界には向いていなかったと、隠棲への想いを綴っている。

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