第69話微之到通州日

微之到通州日、授館未安。見塵壁間、有数行字。

読之即僕旧詩。其落句云、

「緑水紅蓮一朶開、千花百草無顔色」然不如題者何人也。

微之吟歎不足、因綴一章、兼録僕詩本同寄。

省其詩、及是十五年前、初及第時、贈長安妓人阿軟絶句。

緬思往事、杳若夢中。懐旧感今、因酬長句。


微子びしが通州に到着した日のことになる。

彼が用意されていた館に入り、まだなれなく不安なまま、塵だらけの壁を見たところ、数行の文字が書いてあった。

その文字を読んでみたら、なんと私が書いた昔の詩だったとのこと。

最後の句には

「赤い蓮の花が澄みきった水の上に 一輪咲きはじめると

 千の花、百の草、全ての色があせてしまう」と書いてあったらしい。

誰が書いたのか、わからないようだ。

微子びしは、本当に感激したらしくて、口ずさむだけでは心を抑えられない。

それで詩を一首詠み、そのうえ私の詩の本文まで書き写して、わざわざ送ってくれた。

送られたその詩を読むと、今から十五年前、及第直後に、長安の都の妓女阿軟に贈った絶句だった。

はるか昔のことで、本当に夢のようだ。

その昔を想い、ここで律詩を返すことにする。



十五年前似夢遊  曾将詩句結風流

偶助笑歌嘲阿軟  可知伝誦到通州

昔教紅袖佳人唱  今遣青衫司馬愁

惆悵ちゅうちょう又聞題処所  雨淋江館破牆はしょうほとり


十五年前の夢に遊ぶだけの日々 風流を気取り詩を読んだことがあった。

座興で阿軟に戯れで詠んだ歌が こんな口伝えで通州にまで行ったとは知らなかった。

この詩は、その昔の赤い袖の美女に歌わせたけれど、今は青い官服の司馬には悲嘆となる。

その悲嘆を増しているのは、書いてある場所が問題なのだ。

聞くところによると、雨が降りしきる川沿いの館で、破れた垣根のところだというのだから。



微子びし:親友の元稹のあざな。

※通州:元稹も元和十年、通州(四川)の司馬(政治犯)として左遷された。

※題者:詩を書き付けた人。

※阿軟:妓女の名前


○元和十年(815)、江州の作。

○親友元稹は思いもよらなかった左遷の地で、白楽天の十五年の詩が壁にかきつけられているのを発見、それを白楽天に知らせた。

○十五年前の進士合格で、夢と希望にあふれていた時期の自らの詩を読み、現在との落差を深く感じている。

○しかし、そんな辺境の土地にまで、白楽天の詩が伝えられている、それはそれで凄いことだと思う。

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