第58話念金鑾子二首 其一

金鑾子きんらんし二首 其一


衰病四十身 嬌癡きょうち三歳女 非男猶勝無 慰情時一撫

一朝捨我去 魂影無處所 況念夭化ようか時 嘔唖おうあ初學語 

始知骨肉愛 乃是憂悲聚 唯思未有前 以理遣傷苦

忘懷日已久 三度移寒暑 今日一傷心 因逢舊乳母


金鑾子きんらんしをしのぶ 二首 その一


この私もすでに齢四十を数え、病み衰えに苦しむ日々となりました。

それでも、可愛らしい三歳の娘がおりました。

男ではないから出世の見込みもないけれど、いないよりはましです。

病み衰えた私の心の慰みとなり、時々は娘の頭などを撫でてあげたものです。

ところが突然、私のことを置き去りにして、あの世へと旅立ってしまいました。

もはや魂も姿もどこにも見えません。

やっと言葉を覚え始めた時の、早すぎるお別れです。

骨肉の情という言葉がありますが、これこそ愁いと悲しみを集めたものだと、この時初めて知りました。

もう必死に、生まれる前は、何もなかったと思い込ませ、理屈で心の痛みを押しつぶしました。

その悲しみを忘れて長い月日がたちました。

それでも、三度の夏と冬を重ねました。

今日、突然、心の傷みを感じたのは、かつての乳母に偶然、出会ったためなのです。


金鑾子きんらんし:白楽天三十八歳の時に生まれた最初の子供。元和四年(809)に生まれ、六年に死亡。

嬌癡きょうち:幼く可愛い盛り

夭化ようか:夭逝

嘔唖おうあ:カタコトの言葉

※忘懷:思いを忘れる。


金鑾子きんらんしが亡くなってから三年目にあたる元和八年(813)の作、感傷詩。

○白楽天は、官僚、詩人としては、ほぼ順風。しかし子宝には恵まれていない。金鑾子きんらんしの死亡後、三人の娘が生まれたけれど、成人したのは次女の一人だけだった。

○必死に忘れようと理性を保っても、愛娘の死は本当につらい。乳母に逢ったことを言い訳としたのか、乳母を通じて金鑾子きんらんしが会いに来たのか。


○「骨肉の情」の表現が、心に響く。

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