第54話秦中吟其五 不致仕

  七十而致仕 禮法有明文 何乃貪榮者 斯言如不聞  

  可憐八九十 齒墮雙眸昏 朝露貪名利 夕陽憂子孫  

  掛冠顧翠緌 懸車惜朱輪 金章腰不勝 傴僂入君門


  誰不愛富貴 誰不戀君恩 年高須請老 名遂合退身  

  少時共嗤誚 晚歲多因循 賢漢漠二疏 彼獨是何人  

  寂寞東門路 無人繼去塵  



  退官しないこと


  七十の歳に 職を辞することが 礼法に明らかに定められている。

  それを知りながら 栄華を求め続ける者は その言葉などには耳をふさぐ。

  八十、九十の哀れな姿 歯は抜け 目もかすんでいるのではないか。

  あっという間の朝露でしかない人生に 名利のみを貪り

  たそがれの時にやっと 子孫を気にかける。

  官人の冠を外しても 冠の翠のひもには未練を残し

  御下賜された車は家宝なみにしまいこむけれど 朱塗りの車輪には未練を残す。

  腰には重すぎる金の印章 背中を曲げて君主の門に入る。

  確かに富貴を願わない人はなく 君主の恩を慕わない人はない。

  それでも 年齢を重ねれば 職は辞するべき。

  名を立てたなら その身は退くべきだ。

  若年の時には 引き際をわきまえない老人を嘲笑い 

  その自分がその年になれば同じ あれこれ理屈をつけ いつまでも居座るのみ。

  本当に賢いと思うのは 漢の疏広そこう疏受そじゅ

  この二人のことを考えてみるがいい。

  今は 静な東門の道。

  かつては二人を慕い都人が列をなしたその道に 彼らの遺風を継ぐ人はいない。


  ※致仕ちし:退官の年齢は礼法に七十との定めがあった。

  ※掛冠:官職を辞すること

  ※顧翠緌すいずい:官に対する未練を表現する。緌は冠のひも。

  ※惜朱輪:「朱輪」は高官の乗る車。職を辞しても高官の乗る車に未練を持つ。

  ※金章:黄金の印章、高官が持つ。

  ※傴僂うる:腰を曲げた姿

  ※請老:辞任を申し出ること。

  ※嗤誚ししょう:嘲笑すること

  ※因循いんじゅん:あれこれと理由をつけて決断しないこと。

  ※漢の疏広そこう疏受そじゅの故事

   漢の疏広そこうと甥の疏受そじゅは、相次いで皇太子の教育係。

   それ以上の昇進を求めず、共に官職を辞した。

   郷里への帰還の途上、二人を惜しむ人が集まり、感嘆の声を発したと言う。

  ※東門:都の城門、官を辞して都を離れる人の通る門。

  ※去塵:先人の遺風。


○官職への執着を批判する詩。

○一般論ではなく、宰相を歴任した杜祐という人物が七十を過ぎても退官しないことを批判したと言われている。 

○白楽天自身は、七十で退官。主張を守っている。


○ルールを逸脱した「老害」に対する批判だと思う。

 確かに自らの名誉や利得に固執し、職にしがみつくよりは、上手に後進を育てたほうが、評価は高い。

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