第51話新楽府其五十 采詩官

鑑前王亂亡之由成


采詩官

采詩廳歌導入言 言者無罪聞者誡 下流上通上下泰 周滅秦與至随氏

十代采詩官不置 郊廟登歌讃君美 楽府豔詩悦君意 若求與喩規刺言

萬句千章無一字 不是章句無規刺 斬及朝廷絶諷議 諍臣杜口為冗員

諌鼓高懸作虚器 一人負扆常端默 百辟入門兩自媚 夕郎所賀皆徳音

春官毎奏唯祥瑞 君之堂兮九重閟 君耳唯聞堂上言 君眼不見門前琴

貧吏害民無所忌 奸臣蔽君無所畏 

君不見厲王胡亥之末年

群臣有利君無利 君兮君兮願聴此 欲開壅蔽ようへい達人情 先向歌詩求諷刺


過去の天子が滅亡となった原因を戒めとする。


采詩の官

その仕事は 詩を取り集め歌を聴き 人々の本音を上位者に伝えることである。

その言ったことに対して罪は課せられず 聞いたものが むしろ戒めとする。

下からの意見は上位者に滞ることなく伝わり 結果として治世は安定となった。

さて、周が滅び 秦が興り 随の代までの十代の御代に 采詩の官の席は設置されなかった。

天を祀り 祖先を祀る堂上の歌は 天子を褒め称えるのみ。

楽府にて歌われる艶やかな歌詞は 天子を喜ばせるのみ。

そしてこの中に 諷喩批判などの言句は 千扁万句の歌詞の どこを探しても見つけることはできない。


もともと 歌詞に批判の句はあったけれど いつの間にか 朝廷は諷喩の言を閉ざしてしまった。

諌めるべき臣は その口を閉ざし 名ばかりの官になり 

諌めるべき太鼓は 高く掛けられ 放置のままだ。

天子は一人 豪華な屏風を背に 常に沈黙。

百官は朝廷の中では 媚びへつらうだけの状態である。

黄門郎が言葉を発するのは 天子がその恩赦を施す勅命のみ。

礼部尚書が天子に上奏するのは 瑞祥の事のみとなった。

その天子の御堂は 人民から千里も離れた場所にあり

その御堂の門は 九重に閉ざされたままになっている。

天子の耳に入るのは 朝廷の中の話だけ 

宮門の外の様子などは目にするべくもない。 

その間 貪欲な官吏は 誰にも憚ること無く 人民を痛めつけ

ずる賢い家臣は 畏れることなく 天子の耳をふさいだ。


あなたたちは ご存知ないのか。

周の厲王れいおうと 秦の胡亥こがいの最後の姿を。

甘い汁を吸うのは 臣下ばかり。

天子のためになるようなことは 何もなかった。

天子よ 天子よ

どうか この歌に耳を傾けていただきたい。

そのお耳をふさぐものを取り去り 人民の真実の思いを知るためには 

まず 人民の詩歌の中に 諷喩の言句を お探しいただきたいのです。


※采詩官:古代、民間の歌を採取し、政治の参考に供する職務を担当する官。

※導入言:人々の言論を上奏する。

※與喩:批判を含む表現

※規刺:戒め批判すること

※諷議:諷喩の議論

※諍臣:諫言を職務とする臣

※冗員:実際の職務が無い官員

※諫鼓:朝廷内で、諫言を奏する時に叩く太鼓

※百辟:百官あるいは多くの諸侯

※夕郎:天子の側近(黄門郎)夕ぐれに朝廷に入るので、夕郎と言う。

※徳音:恩赦などを実施する天子の言葉

※春官:礼部尚書、唐代の一時期、春官尚書と改名されていた。

厲王れいおう:周の非道の王。批判者は封じて殺害、のちに流罪にされた。

胡亥こがい:秦の二世皇帝。宦官に操られ殺害された。


○人民の本当の意見を政治に取り入れるための采詩の官を設置しなかったことが、王朝の滅亡を招いた原因であるとしている。

○白楽天の文学の一つの柱は、批判精神にあふれた「諷喩詩」。この采詩官を新楽府の末尾に置いたのは、白楽天の政治適正化に対しての強い自負を感じる。

○現実として、采詩官制度が、どれほどの効果があったのかは不明。

○現代で言えば、言論の自由、それが政治適正化に資するという認識は、古代中国にあっても存在したことは、確認が出来る。

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