第50話新楽府其四十 井底引銀瓶

止淫奔也


井底引銀瓶 銀瓶欲上絲繩絶 

石上磨玉簪 玉簪欲成中央折

瓶沈簪折知奈何 似妾今朝輿君別

憶昔在家爲女時 人言擧動有殊姿 嬋娟雨鬢秋蝉翼 宛轉雙我遠山色

笑随戯伴後園中 此時興君未相識 妾弄青梅憑短牆 君騎白馬傍垂楊

牆頭馬上遥相顧 一見知君卽断腸 知君断腸共君語 君指南山松柏樹

感君松柏化爲心 暗合雙鬟逐君去 至君家舎五六年 君家大人頻有言

聘則爲妻弄是妾 不堪主祀奉蘋蘩 終知君家不可住 其奈出門無去處

豈無父母在高堂 亦有親情滿故郷 潜來更不通消息 今日非羞歸不得

為君一日恩   誤妾百年身   寄言癡小人家女 愼勿將身輕許人


一時の思いつきによる行いは止めるべきとする。


井戸の底から 銀のつるべを引き上げようとしたのですが

銀のつるべは 上がりきるところで 繩が切れ落ちてしまいました。

石の上で かんざしを磨いていたのですが

玉のかんざしは 出来上がる直前に 真ん中で折れてしまいました。

つるべは 沈んでしまいましたし かんざしは折れてしまいました。

私は これから どうしたら よいのでしょうか。

今日のことは あなたとお別れする 私そのものと思うのです。


私が親元にいた まだ娘の頃

私は しぐさが美しいと 殊さら 言われたものでした。

二つのまげは 秋の蝉の羽のように美しいと言われ

二つのまゆは 遠い山のように薄墨色で まろやかと 言われていました。

友達と笑い おしゃべりをして 庭で遊んでいた頃は 

あなたは まだ見知らぬ人。

私が まだ青い梅の実を手に持って 垣根に寄り掛かっていた時

あなたは 白い馬に乗って 枝が垂れた柳の近くに 来られたのです。

垣根のわきと 馬の上でしたね。

見つめあう距離は 遠く離れていたけれど 

あの時の あなたの本当に強い想いは 一目でわかりました。

そのあなたの本当に強い想いを知り 私はあなたと言葉を交わしました。

そして あなたは 南山の松柏の木を指さし 永遠の愛を私に誓ったのです。


私は あなたが永遠に変わらない愛を 松柏の木に込めて誓われたことに 心を打たれ 親には内緒で まげを一つに結いなおしました。

そして あなたを追いかけたのです。


あなたのお宅に来て暮らし始めて 五、六年たちました。

あなたのお宅の ご両親から 何度も おっしゃられました。

「正式な手続きを取れば妻として認める」

「しかし勝手に結ばれてしまったのは 妾に過ぎない」

蘋蘩ひんぱんを奉じて ご先祖をお祭りすることは 認めない」

結論としては あなたのお宅に 妻として、残ることはできないことが わかりました。

しかし どうしたら よいのでしょうか。

あなたのお宅の門を出たとしても 行く場所がないのです。

父母の家はあります。

親戚や縁のある者も 故郷には多くおります。

しかし 内緒でここに 来てしまい 何も連絡は していないのです。

ですから 今さら 悲しいし 恥ずかしいので 帰ることなどできません。

私は あなたの一時の気まぐれのお気持ちで

私の一生を妾などにして 誤ってしまったのです。


私は 気持ちが幼くて 世の中のしきたりを知らない娘さんたちに 教えておきたいと思います。

決して 安易に殿方に 身を許すなどは なさらないように。



※銀瓶:銀のつるべ。男女の関係が切れることを、銀のつるべを井戸から引き上げようとして、縄が切れて落ちることに例えている。

※奔:女が親の許しを得ないで、男のもとに行くこと。

※挙動:しぐさ

※殊姿:非凡な美しい姿

※嬋娟:女性の美しい様子を表現する言葉

※秋蝉翼:つややかに輝く髪を秋の蝉の羽に例える。

※戯伴:遊び友達

※南山:永遠の象徴

※松柏:常緑樹で、節操が変わらないこと。

※暗合雙鬟:「暗」は秘密に、親の了解を得ないで、輪の形に結った二つのまげを一つに合わせる。一つに合わせるのは結婚に伴う髪型の変更。

※聘則爲妻:「聘則」は仲人を立てて、規則に沿って正式に妻にすること。

※弄是妾:親の許しがない結婚は正式ではないので、妾扱いとなる。

蘋蘩ひんぱん:先祖を祭る行事に使う浮草。妾はその行事に参加できない。

※癡小:幼稚で道理がわかっていない状態。

※一日恩:「恩」は恩愛。男から女にかける愛情。一時の愛。


〇古代中国では、結婚は親同士が決めることで、男女の自由な恋愛は難しかった。

〇この詩は、その自由な恋愛の危険性を説く。

〇男のほうの、その後の感情は、書かれていないので、実態は不明。

〇旧来の結婚道徳を守るべきとの主張と言われている。



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