第47話新楽府其三十六 李夫人(1)

鑒嬖惑也

          

漢武帝 初喪李夫人    

夫人病時不肯別 死後留得生前恩 君恩不盡念不已 甘泉殿裏令寫眞  

丹靑畫出竟何益 不言不笑愁殺人 又令方士合靈藥 玉釜煎錬金爐焚  

九華帳中夜悄悄 反魂香降夫人魂 夫人之魂在何許 香煙引到焚香處  

既來何苦不須臾 縹緲悠揚還滅去 去何速兮來何遲 是邪非邪兩不知  


女色に溺れることを戒める。


漢の武帝が、李夫人との永遠のお別れにあたり 嗚咽した時のことを述べようと思います。


長い病に苦しみ すっかり別人のようにやつれてしまった李夫人は 永遠の別れにも そのお顔そ天子に見せることは なさりませんでした。

そして 李夫人の 美しいままのご容姿が 天子の記憶に残されたおかげで 死後も生前と同じ恩寵を受け続けることになりました。

天子の恩寵は尽きず また亡き李夫人への想いも尽きず 甘泉殿の中に その肖像画を飾るほど。

ただしかし 赤や青の絵具で描いただけの絵です。

それが いったい 何になるのでしょうか。

肖像画は 言葉も出さず 笑いもせず 人を本当に悲しませるだけなのです。


天子はそのうえ 方士に秘薬の調合を命じます。

玉の釜で火にかけ 金の香炉で焼き上げます。

九重の帳の中 静まりかえる真夜中 

ついに辺魂香が 李夫人の魂を召喚することができました。


さて その李夫人の魂は どのあたりなのでしょうか。

たなびく煙に導かれ 姿を現したのは 香を炊くあたりのようです。

しかし ここまで訪れても 何がお辛いのか ほんの少しも 留まろうとはしないのです。

もやもやとふわふわと 再び消え去ってしまいました。

このように 消えるのは速く 姿を見せるのは 本当に遅い。

それに 見える姿も まことか まぼろしか。

どちらなのか 全く見分けがつきません。



※李夫人:漢の武帝の寵愛を受けた側室。「夫人」は漢代には皇帝の側室の意味

鑒嬖惑かんへいわく:鑒は教訓とすること、嬖惑は女色に溺れること。

※夫人病時不肯別:李夫人が重篤となった時に、布団でやつれた顔を隠し、武帝に別れの対面を拒んだという故実。容貌が衰えた姿を武帝に見せたら、愛情も無くなり親族も見捨てられてしまう不安があったと、本人は語ったという。

※死後留得生前恩:死後も武帝の恩寵を賜り続け、側室でありながら皇后並みの礼を持ち弔なわれたという。

※甘泉殿:長安の北方、甘泉山にあった漢の離宮。

※写真:肖像画を描くこと。

※丹青:赤と青の絵具。

※愁殺:ひどく悲しむこと。

※合靈藥:神秘の薬を調合する。

※九重帳:様々な花の模様のベッドの帳。

※悄悄:ひっそりと静まった様子。

※反魂香:辺魂香とも言う。死者に嗅がせると蘇生する薬。


〇美しい女性に惑わされる姿を詠む。

〇哀しいながら どことなく甘美な表現を使っている。

〇愛欲に溺れてしまうのも 男女の哀しい性なのだろうか。


 





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