第45話新楽府其二十八 牡丹芳(2)

庳車軟輿貴公主 香衫細馬豪家郎 衛公宅靜閉東院 西明寺深開北廊

戲蝶雙舞看人久 殘鶯一聲春日長 共愁日照芳難駐 仍張帷幕垂陰涼

花開花落二十日 一城之人皆若狂 三代以還文勝質 人心重華不重實

重華直至牡丹芳 其來有漸非今日 元和天子憂農桑 恤下動天天降祥

去歳嘉禾生九穗 田中寂寞無人至 今年瑞麥分兩歧 君心獨喜無人知

無人知 可歎息 我願暫求造化力 減卻牡丹妖豔色

少回卿士愛花心 同似吾君憂稼穡


乗りやすく低い車に乗り 次々とお越しになる高貴なお家のお嬢様がたと

香りをたきこめた服を着込み すらりとした美しい馬にまたがる富豪の貴公子たち。

衛公のお屋敷は静まりかえり東のお庭を閉ざしてしまった。

ところが西明寺の奥庭は 北の回廊までお客を招き入れる。

つがいの蝶は花に戯れ 舞い踊る。

それを見て飽きることのない見物のお客様たち。

うぐいすも一声鳴くのは 遅くする。

それで 春の日は ますます長くなる。

お集まりの方々が心配なさるのは 日差しが強すぎて 花がもたなくなること。

それで 次から次へと 帳幕をめぐらせ 日陰を涼しく作り出す。

花の開花から散るまで およそ二十日の間、街全体が狂ったかのような大騒ぎ。

古代の三代の聖代の後 派手なものが質素なものを凌駕することになった。

もはや人々の興味は 華やかなものにしか向かない 質素で実のあるものなど顧みることはない。

そういう華美を好む世の流れが この牡丹への狂騒をもたらした。

それも 次第にたかまった 今日突然の動きではない。

元和の天子は 本来 農耕をおろそかにすることを 不安に思う。

人民の本当の幸せを思うその御心は 天界に通じ 天は瑞祥を賜われた。

去年は その天のお気持ちから一本の稲苗に九つの穂が生じたけれど、その気持ちは人民には届かず 畑に足を向ける人など 誰もいない。

今年も めでたく一本の麦の茎が二つに別れ 実をつけた。

しかし それを喜ばれたのは 天子一人。

人民は そんなととは 誰も知らない。

その誰も知らないこと これほど嘆かわしいことはない。

私は 造物主の力を借りて 牡丹の妖艶な色を消したいと願う。

貴人の花を愛する気持ちは ほどほどに変えたい。

少しでも わが天子様の農耕や作物を心配する御心に 近づけたいと願う。


庳車ひしゃ:底を低くして乗りやすくした車

軟輿なんよ: やわらかなクッション

※貴公主:名門家、財産家のお嬢様

香衫こうさん:衫は上着

※豪家郎:富豪の貴公子

※衛公宅靜閉東院:衛公は宰相、その庭園も牡丹で有名であったけれど、門は閉ざしていいたようだ。

※文勝質:「文」と「質」は対立概念。華美と実質の関係

※元和天子:憲宗皇帝

※造化力:宇宙万物を造った造物主の力


○白楽天は、人々の牡丹(華美な文化)への狂騒を批判し、憲宗皇帝の農耕や穀物の生産に気を配る御心を知るべきだと主張する。

 さすが、真面目な官僚でもある。



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