第37話新楽府其八 胡旋女

  戒近習成

  天寶末 康居國獻之


  胡旋女 胡旋女   

  心應弦 手應鼓 

  弦鼓一聲雙袖舉 回雪飄搖轉蓬舞

  左旋右轉不知疲 千匝萬周無已時

  人間物類無可比 奔車輪緩旋風遲

  曲終再拜謝天子 天子為之微啟齒

  

  胡旋女 出康居 徒勞東來萬里余

  中原自有胡旋者 斗妙爭能爾不如

  天寶季年時欲變 臣妾人人學圜轉

  中有太真外祿山 二人最道能胡旋 


  梨花園中冊作妃  金雞障下養為兒  

  祿山胡旋迷君眼  兵過黃河疑未反  

  貴妃胡旋惑君心  死棄馬嵬念更深  

  從茲地軸天維轉  五十年來制不禁 

  

  胡旋女 莫空舞  數唱此歌悟明主   


 胡旋の女 胡旋の女

 その心は絃の音に応じて その手は鼓の音に応じる。

 絃と鼓が一斉に鳴り響くのに応じて 両の袖を振り上げ 雪のようにひらひらと舞い 蓬のようにふらふらと舞う。 

 左に回り右に回り疲れはみせず 千回万回果てもなく 回り続ける。

 その回る速さは 世に並ぶものはない。

 疾駆する車も旋風も この舞をみれば なんとも遅く感じてしまう。

 その曲が終われば再拝し天子に御挨拶。

 天子はお口を開いて すっかりご満悦の微笑みを賜うのだ。


 胡旋の女 その生まれは康居。

 はるばると万里をこえた東に 無駄な苦労を重ねてたどりついた。

 この中原の地にも 胡旋の舞手は いくらでもいるというのに。

 そのうえ その技術は お前の舞など比べられないほど高い。

 天宝の末年 世の中が騒がしくなった頃は 男も女も誰も彼も 胡旋舞に夢中。

 宮殿の中には太真 外には安禄山。

 二人の胡旋舞は格別上手との評判でもちきりだ。


 太真は梨園に楊貴妃として迎えられ 安禄山は金雞の屏風のもと 楊貴妃の養子となった。

 その安禄山の胡旋は 天子の目をくらまし 賊軍が黄河を渡り攻め寄せたことも 謀反とは気付かせない。

 楊貴妃の胡旋は 天子の心を虜にするほど迷わし 亡骸を馬嵬に捨てても その思いは増すばかり。


 その時以来 地は巡り 天下は移った。

 五十年禁じたはずの胡旋は禁じきれない。

 

 胡旋女よ 無為に舞うのはやめてくれ。

 何度もこの歌を歌い 賢明な天子に 大切なことを わからせてほしい。



※胡旋:西域伝来の舞。小さな丸い敷物の上で、激しく旋回する。

※康居国:中央アジアのイラン系ゾグド人の国。サマルカンドあたり。

※廻雪:軽やかに旋回する舞を表現している。

※啟齒:口を開き歯を見せて笑う。

※徒労:わざわざ遠く康居からこなくても、より技術の高い舞姫が中国にいるという痛烈な批判を込める。

※太真:楊貴妃の女道士時期の名前。

※禄山:安禄山。ゾグド系突厥出身。狡知と野心で出世を遂げるが、宰相の座を争った楊国忠に敗れて至上名高い安禄山の乱を起こす。胡旋舞の名手。

※梨花園:玄宗が宮中に設置した歌舞教習所。長恨歌で楊貴妃は梨の花にたとえられている。

※冊作妃:楊貴妃に皇后に次ぐ「貴妃」の位を授けた。

     (楊貴妃二十七歳、玄宗六十一歳)

※金雞障下養為兒:金雞障は金鶏という伝説上の鳥を装飾した豪勢な屏風。玄宗はその前に安禄山を座らせ、優遇したという。また、安禄山は自ら願い出て楊貴妃の養子となった。

※制不禁:禁止の制が守られていないこと。


○唐代の華やかな時期、西域からその文化、人物が盛んに流入した。その中でも歌舞音曲は、エキゾチックさもあり、流行した。

○白楽天は、その反面、中国古来の正当かつ伝統文化が衰退したことを嘆き、「胡旋舞」に熱中したことが、安禄山の乱を招いた元凶とみなしている。



  

 

 

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