第36話新楽府其七 上陽白髪人(2)

秋夜長

夜長無睡天不明 耿耿殘燈背壁影

蕭蕭暗雨打窓聲 

春日遲

日遲獨坐天難暮 宮鸎百囀愁厭聞

梁燕雙栖老休妬 鸎歸燕去情悄然

春往秋來不記年 唯向深宮望明月

東西四五百迴圓 今日宮中年最老

天家遙賜尚書號 小頭鞋履窄衣裳

青黛畫眉眉細長 外人不見見應笑

天寶年中時勢粧 

上陽人 苦最多

少亦苦 老亦苦 少苦老苦兩如何

君不見 昔時呂向美人賦

天寶末 有密採艶色者、當時號爲花鳥使

呂向獻美人賦以諷之

又不見 今日上陽白髮歌



秋の夜のなんと長いこと。

この長い夜に眠ることもできず 夜はなかなか明けません。

ほのかに揺れる灯火 壁に映る灯火の影。

しとしとと 夜に降り続く雨が窓を打ち続けます。

春の日もなんと長いこと。

その遅い時間の流れの中 ひとりぽつんと座るだけ 空はいつまでも暮れません。

宮殿のうぐいすは鳴き続けるけれど 悲しくて聞くのも もう嫌です。

梁の上には つがいのツバメが住むけれど こんな年寄りの私は 妬いたりなど そんな気持ちはおきません。

うぐいすが山に帰り ツバメが飛び去れば もはや何の物音も聞こえません。

春が去り秋が来て もう何年過ぎたのやら。

私は ただ この奥深い宮殿から月を眺めるだけ。

その満月は東から西へ 四百回も五百回も往復を繰り返すのみ。

今や私は この宮中で一番の年かさ 一番の老婆です。

この私は 遥かかなたの天子様から 尚書の号を賜りました。

先を尖らせた靴を履き 身体をぴったりと包む服を着て 眉墨で細く長く眉を描きます。

この宮殿の外の人が この私を見ることなどはありませんが 見たら大笑いになるでしょう。

何しろこの姿は はるか昔 数十年前の天宝の末の流行の姿なのですから。


上陽宮に住む人は 苦しみしかありません。

若い時でも苦しく 老いた時でも苦しい。

若い時の苦しさ 老いての苦しさ どちらも どれほどの辛さかおわかりですか。


どうか 御覧ください。

その昔 呂向が書いた「美人の賦」を。

(天宝の末に、美女を秘密に集めてくる職の者は 花鳥使と呼ばれていた。呂向は「美人の賦」を天子に献呈して、それについて批判を行った)


そして どうか御覧ください。

今は この上陽の白髪の老婆の歌を。 



※耿耿:灯火がほのかに揺れる様子。

※背壁影 :壁に映る灯火の影

※蕭蕭暗雨:しとしとと降る雨

※望明月:満月は男女和合の象徴、それが全く叶えられず、奥深い宮殿で一人、満月を四百も五百も見ているだけ。

※大家:宮人が天子を呼ぶ語。

※尚書号:宮女に与えられる女尚書という称号

※小頭鞋履窄衣裳:先の尖った靴と身体に密着する服で、数十年前に流行した衣装、おそらく上陽宮に入った時の服なのだと考えられる。

※青黛畫眉眉細長:数十年前は眉を細く長く書いた、今の流行は短い眉に変わっていたらしい。

※呂向が書いた「美人の賦」:呂向は開元の時、朝廷に入り、玄宗皇帝の美女探求のための「花鳥使」を批判したという記録がある。


○白楽天は、「長恨歌」で玄宗と楊貴妃の悲恋を劇的に詠み上げる一方、この上陽白髪人では、楊貴妃に弾き飛ばされ、上陽宮に幽閉されたまま一生を送る女の悲哀を詠む。

○本当に悲哀を感じるけれど、確かな叙情性も感じる。



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