こっち向いて

御剣ひかる

こっち向いて

 これはわたしが小学校六年生の頃に体験した話だ。

 季節は確か秋だったかな。クラスでは「こっち向いてゲーム」が流行っていた。




 ――こっちこっち、こっち向いてーっ!

 教室の後ろの方で他の友達と笑いながら話してるクラスメイトをじぃっと見ながら念を送る。

 これが、今ひそかに女子の間で流行ってる「こっち向いてゲーム」だ。

 狙っていい相手は、もちろん、テレパシーを送る子から離れている子。他のことをしていたり、別の子とおしゃべりしたりしていて、送る側に注意を向けていない子だ。

 それで、一分ぐらいテレパシーを送って、相手がこっちを見たら勝ち! って単純なもの。

 勝ちっていっても、別に点数つけてるわけじゃないから、勝ち負け関係ないんだけど。

 それでも、特に雨の日なんか外に出て遊べない時は、ろうかや教室で立ち止まって誰かをじっと見ている子がちらほらいる。

 今日も朝から雨で、六年三組の教室には元気を持て余して走りまわる子と、彼らに熱い視線を送る子がいる。

 わいわいうるさいところと、じぃっと静かにしてるところがまだらになった教室で、わたしも友人Yちゃんにこっち向けーとやっていた。

 Yちゃんが、ふっとわたしを見る。

「やった!」

 笑って言うと、Yちゃんも、あぁ、って顔になって笑ってる。

「おー、すごーい」

「三連勝だね」

 うん、昨日から三回試してみて、三回とも相手がこっち見てくれた。

「もしかして本当に超能力者エスパーだったりして」

 まっさかー! とか返したけど、実はわたしのお母さんもちょっと不思議な力があったりするんだ。テレビに出るみたいなすごいのじゃないけど、ふとした予感がよく当たったり、こうなったらいいのにってことが本当にそうなったり。わたしもそういうのを引きついでるんじゃないかなって出来事も、たまにあったりする。

 みんながエスパー説で笑ってると、授業開始のチャイムが鳴った。先生が来るまで教室はまだまだ騒がしい。

 窓の外から光が差してきたのに気づいて外を見ると、雨は上がってた。

 これなら、昼休みは外に出られるかな?


「ごめーん、かさ忘れた。取ってくる」

 放課後、友達と正門を出たところで気づいた。朝は雨だったけど、あれからすっかりあがって今はいいお天気だからつい忘れちゃったよ。

 朝休みに「こっち向いてゲーム」をやってた三人の友達を待たせて、わたしは昇降口のかさ立てに走ってった。

 かさを取って、戻るのは歩きで、正門に向かった。

 あれ、三人がいない。

 あぁ、門の横のへいの後ろにかくれてるな? おどかそうってねらってんだ。

 どうしよっかなー。知らないふりしておどろいてあげよっか。それともこっちからこっそり近づいて、逆におどかしちゃうとか?

 なんて考えながら、正門を通りぬけようとした。

 そうしたら。

 声が聞こえた。わたしの名前を呼ぶ声が。

 この声は……、Yちゃん?

 でも変だ。空から聞こえてる感じ。ちょっとひびいてるし。

“こっちこっち、こっちみてー”

 また聞こえた。

 きょろきょろっと周りを見る。

 Yちゃんはいない。

 やっぱり、空?

 空を見上げる。

 当然、誰もいない。いたらやだ。青空と、まだ残ってる灰色の雲に、すごくほっとした。

「どうしたーん?」

 へいのところに隠れてた三人組が不思議そうな顔で出てくる。やっぱりおどろかそうとしてたんだ。でも今はどうでもいい。

「Yちゃんに似てる声がした」

 わたしが言うと、みんな顔を見合わせて、「えー?」って言ってる。

 そうだよね、だってYちゃんは、とっくに帰ってる。

「その声、なんて?」

「名前呼ばれて、こっち見てー、って。空から聞こえてくるみたいな感じのひびき方しててさ」

「それで、空見たの?」

「うん」

 わたしの返事を最後にわたし達は、しん、と静かになった。校庭で遊んでる子達の声が、なんだか遠くに感じた。

「霊界からの声、だったりして。こっち向いてゲームやってるとか」

 そんなことをぽつりと言ったのは、三人のうちの誰だっただろう。

 そんな、まさか。そんなことあるわけない。

 みんなもきっとそう思ってる。多分言った本人も冗談のつもりだったんだろう。

 でも、だれも笑えなかった。何も言えなかった。

 あの声を思い出す。

 ふわぁん、って感じが本当に霊界からの声みたいにひびいてた。

 聞いた時は不思議ばっかりでこわくなかったけど、あれがこの世のものじゃない声だって考えたら……。

 背筋が、ぞくっとした。

「こわっ! かえろ!」

 思いっきりさけんだら、みんなもそうしようってさけんで、だれからともなくいっせいに走りだした。




 次の日から、わたし達は「こっち向いてゲーム」をしなくなった。

 わたし達のグループがやらなくなってから少ししてゲームのブームも終わったみたいで、だれもやらなくなった。

 結局、声の正体も判らなかったし、何にも解決はしなかったが、Yちゃんは別に何もなかったみたいで、いつも通り学校に来ていたのが救いだった。



(了)

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こっち向いて 御剣ひかる @miturugihikaru

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