白き戦慄のカプリース
武論斗
白き戦慄のカプリース
──世界は、
最終兵器と呼ぶに
滅亡の序曲を
人類は、持続可能性よりもディストピアを選択、決断したのだ。
不死鳥のように、毒草のように、
それが例え、
狂った道徳が
新世紀は実に、
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
村の出入り口には、バリケードと呼ぶにはあまりにも
今も
7tトラックの荷台には、
その檻の中には、汚らしいボロ切れのような衣類を纏った少年少女達がギュウギュウに閉じ込められている。
限界集落化が進む村々にとって、将来の有望な働き手足り得る遺棄児の
汚染されていない天然の真水が湧くアサマの村にとって、遺棄児は、貴重な投資にして財産。
それは、決して豊かとはいえない限りある食糧やガソリンを消費しても確保しなければならない天然資源に他ならない。
少なくとも、アサマの村にとって、必要不可欠な資源。
殆どの少年少女達は、5〜10歳くらい。
その中に、
年の頃、14、5歳。
明らかに異国の地出身を思わせる金とも銀ともつかぬ色素の薄い毛髪。
異国人故、若しかしたら見た目より幼いのかも知れない。
異国の宗教画に描かれたルネッサンス初期の天使の造形を想わせる、そんな
皮膚疾患も病症もなく、
一つだけ明確なのは──アルビノ。
先天的にメラニンが欠乏する遺伝子疾患、
異国人の少女にしては小さな
引き締まったスリムな筋肉質の
乾ききっていない血糊が
「…お
「
「…ふむ。それならばよし。では、子供達を留置場に入れておきなさい。但し、その異国の娘だけは、他の子らとは分けて入れておきなさい」
「承知」
──アサマの村の留置場
薄汚れた
薬液による腐食した床に酸性雨の雨漏りも重なり、
格子の窓から射す西日は、
プラチナの頭髪を持つ少女は、部屋の奥の壁に粗雑に寄り掛からされている。
足枷こそされてはいないものの、やたらと頑丈そうな手枷から赤錆た鎖がじゃらりと伸び、前面の鉄格子の左右両端に繋がれる。
少女に意識はなく、
「起きろ、小娘!」
牢獄の前に先程の村長と自警団の闘士らが現れる。
ひとりの闘士が鉄格子に繋がれた鎖を強引に引き寄せ、少女を
揺すぶられ、怒鳴られ、
顔を斜めに上げ、ゆっくりと
見開いた瞳は、ごく薄い青みを帯びたような、今は無き渓流の如き透明度を誇る清き水色の、その背後に流れる血液が透過し、
「
ボーッ、とした
「なンですか村長?その“妖性の戰耍皇女”ってのは?」
「──
一つ、
一つ、乱に在り、
一つ、
一つ、闇に
一つ、愚直にして驕慢、直情にして激昂、
一つ、愛深き故、
一つ、
「…では、どのようになさるのですか村長?」
「鎖を解き、食事と休息を与え、然る後、放逐せよ」
「苗床として留め置かぬのですか?」
「──関わるべき者に非ず!」
「…承知」
鎖に繋がれた少女は、その端正で美しい顔を伏せる。
村長は振り返り立ち去る。
「おぃ!言葉は分かるか?」
「………」
「……チッ」
格子の左右に取り付けられた手枷から伸びる鎖の錠を解く。
「今、食事を運ばせる。待っていろ」
自警団の闘士らも留置場を後にした。
再び静寂に包まれ、少女はそっと目を閉じる。
──ハイウェイ・ルート14
荒野のハイウェイの一角、クーガ周辺。
クルーザー、ネイキッド、オフロード、トライク他、思い思いの改造バイクが居並ぶ。
その全てが旧世紀の遺品。併し、その全ては貴重な財産。
爆音と白煙を撒き散らし、無意味な威嚇を周囲に知らしめている。
騒音クレームを
それもその筈。周辺に住まう者等、
正に新世紀の野盗と呼ぶに相応しい悪漢。
殃餓達の殆どは“
先天異常も然る事
それ故、彼等の悪逆とは
殃餓達は、その所業だけに限らず、存在そのものが忌諱されていた。
殃餓達は各々、何等かの
思想であったり、哲学であったり、宗教であったり、嗜好であったり、ファッションであったり、と様々。
多種多様な指標の下、多くの殃餓が存在しているものの大抵の場合、暴力による支配で成り立っている。
世界秩序の崩壊は、実にシンプルな暴力と云う求心力を呼び戻したのだった。
クーガ周辺に集った輩も、その殃餓の一団。
典型的なファッション・オーガ。
ファッション・オーガは他の殃餓程執着せず、盲信的な信念を持ち合わせてはいないので刹那的で飽きっぽく、余程の不運でも重ならない限り、静観しておくか媚び
併し、殃餓共に共通する狂気の暴力性に変わりはなく、信念が無い分、その赤子のような無垢さにも似た野獣の如き欲望に際限はなく、抑えが効かない。
童のような無邪気さに破滅的な暴力がプラスされた印象、知的
──閑話休題
ハイウェイ脇には、無数の遺体。
まだ、どれも新しい。
凄惨な光景を現実に引き戻すかのように、
「
左目の下に【
集った殃餓達もまた、
遺体の全てに、鳥共が啄んだ以外の外傷は無く、汚染物質を含む風に晒されている。
共通しているのは、遺骸の全てが
「どういう事だ、コレはッッ!」
「ウイルス感染で内臓や骨が融解した、或いは、未知の外科手術でも施された、そンな
「ぬ゛ッ!コイツらが、俺達ブラック・インペラトルの一員と知っての事かァーッ!!!」
怒りに
居たたまれない仲間、というよりは、部下、といった方が適切かもしれないが、遺体周辺を捜索する。
「族長!コレを見てくださいッ!ダイイング・メッセージじゃないですか!?」
襲撃され、息絶える直前だろう。
地面に指で文字か記号らしきものを残している仲間の遺骸。
こう書かれていた。
< イ ヨ め >
「なンだコレは!?」
「犯人の名か?」
「“いよ”とつく名の奴を捜せッ!」
「俺達にナメた真似する奴らは、皆殺しだァーッ!!!」
殃餓達は、遺骸を埋葬する事もなく、改造バイクに跨がり、排ガスを撒き散らし、ハイウェイの東西に散った。
間もなく、様子を伺っていた鴉共が再び大地に降り、埋葬さえしない殃餓共に代わり、鳥葬を引き継いだ。
──再び、アサマの留置場
「うわーっ!本当に
牢屋に訪れたのは、年の頃、10、1歳の少年。
端正な顔立ちだが髪はボサボサ。衣類も汚れている。
時折、ゴホゴホと
違和感を覚えるのは、やたらと頑丈そうな錠前付きの首輪。金属プレートが括り付けてあり、そこには【108】と数字が刻まれている。
食事と水を運びにやってきた。
黒ずんで
「おーい、ねぇーちゃン!起きてるかー?」
鉄格子の
牢獄の中にある娘は、僅かに首を
「食事と水を持ってきたぞー。腹減ってるだろ?良かったな、ねぇーちゃン!アサマの村は汚染されてない天然の真水が湧くんだゼ〜。おいしいぞっ!土壌汚染も殆どないから、本物の土で作った穀物と自生してる野草だし。塩不足だから味は薄くて保証できないけど、外じゃこんないいもン、滅多に食べられないゾ!」
「………」
「!?あっ、そうか!ねーちゃン、
「……」
「それにしてもねーちゃン、ほンと別嬪さンだなー!こンな綺麗な女の人、見たことないよっ!真っ白で透き通るようだ。天使みたいだな〜。まぁ、天使ってのがいるのかどうか知らないけどさッ。異国の人は、みンなそーゆ〜感じなのかっ?それともねーちゃンだけなの?」
「…」
「すげーな〜。それにしてもよく生き残れたよ、本当!運が良かったと思うよ、この村の収攫に引っ掛かって。
「──よく喋るんだな、少年」
「!!?」
少年は驚き、思わずアルマイトのスプーンを滑らし、
低いとも高いともとれるよく通る声。
儚げなイメージの娘のものとは思えない、強い意志を感じる声質。
「ビ、ビックリしたな〜ねーちゃン!喋れるなら最初から喋ってくれよっ!」
「…話せない、なんて一言も云ってないだろう?」
「そ、そうだよな!いや〜、さっき村長から
「…ところで少年。一つ
「えっ!?なに?」
「この村に、君らの云うところの“白人”の、壮年男性は来なかっただろうか?
「…うーん、見たことないな〜。村への出入りにはパスが必要だし、一人旅をしてるんだったらハイウェイは危険過ぎるから通らないだろうし」
「そうか、知らないか。それならいい」
「…えーと、それだけ?他に訊ねたいこととかは?」
「ない」
「…そっか〜…もしかして、ねーちゃンって話すの嫌いな人?」
「──その首についてる枷は?アクセサリと云うには、雑だし、機能的過ぎるが」
「!?あ、ああ、コレかい?ファッションだよ、ファッション!あははは…」
「そうか」
「──う、うん…」
――ゴホッゴホッ。
咳き込む少年。
元気な態度をとってはいるが、よく見れば
「何処か悪いのか、少年?」
「…う、ううん、全然平気!元気だよっ」
「――そう」
「……うん」
「――綺麗な目だな、少年」
「!?」
「
「…いや、ねぇーちゃンの目の方が神秘的だよ」
「わたしの
「──」
「いや、なんでもない」
「…そ、それじゃ〜、俺は戻らないと──またな、ねーちゃン!」
咳込みながら、少年は奥に消えた。
──ハイウェイ・ルート110
「なにィッ!?中型トラックとバギーが西に向かうのを見ただとォ?」
ブラック・インペラトルと名乗る
流氓の代表者である年配の男を、放置され
「そいつらは、どンな連中だッ?」
「う、うう…あいつらは
「収攫者?
「…うぅ、俺達は、あいつらがあンた達の仲間を襲ったのを見た訳じゃないンだ…死体が転がっていたすぐ側をあいつらが去って行く姿を見掛けただけ、だ…」
「ほぅ、そうか。で、この近くで人攫いをしている集落はあるか?」
「お、恐らく、アサマの村の連中だと思う…あそこは豊かだと聞いている…」
「成る程、アサマ、か」
聞くだけ聞くと、殃餓の一人が年配の男目掛けてナイフを投げ付ける。
吊された年配の男の喉仏はナイフでバックリと割られ、血袋
それが合図とばかりに、他の殃餓達は捕らえた流氓に襲い掛かる。
男と子供達は即座に殺害され、女達は
終末の日常。
凄惨な光景を背後に、殃餓の族長が叫ぶ。
「仲間を集結させろ!ありったけの武器弾薬を用意しろ!報復だッ!!!」
──うおおおおおおお!
改造バイクを一斉に吹かし、爆音の雄叫びを上げる。
殃餓達は、飢えた狼のようにハイウェイを西に走り出した。
──暫く時は経ち、夕闇の留置場
「出ろ、娘!」
村長と自警団の闘士が再び、留置場に姿を現す。
檻の錠を外し、金属特有の不快な音を立て、扉が開く。
少女は自警団らに両脇を抱えられ、半ば強引に檻の外に放り出される。
村長は、ナイロン製の
「娘よ。可哀想だが
そこで、だ。この村の事を他言無用と約束するのであれば、水と食糧を分けて進ぜよう。喰らい過ぎる事がなければ、これで一週間は保つ筈だ」
少女は、無表情の
「うむ、素直な良い子だ。今の刻であれば夕闇に紛れて旅立つ事が出来よう。日の高い内は何処かに隠れ、夕闇を以て旅するのだ。
村長から渡された背嚢を背負う。
「恨まんでくれよ、娘よ。生き延びて、丈夫な子を産み育てる事を切に願うぞ」
村長の言に無反応な少女は、自警団に促され、暗い廊下を進む。
廊下には、今迄少女が閉じ込められていたのと同じような幾つかの檻がある。
檻の中には年端も行かぬ少年少女が押し込められている。
手枷足枷はつけられていないものの、皆一様に首枷をつけられている。
首枷にはそれぞれ異なるナンバーが刻まれている。
──そういう事か。
無気力な子供達の瞳に色はない。
尤も、彼女の瞳も色めく様子はない。
僅かな寒気のみ、瞳を覆う。
バリケード付近に掲げられた
夜の
彼女の外見は、剰りにも特徴的過ぎる。
暗闇に紛れた方が目立たない。
無論、荒野を一人行く少女の姿を見て、異様と思わない者はいないだろうが。
「ねぇーちゃン!」
聞き覚えのある声。
食事を運んできた、あの少年の声。
咳込みながらも、
先導する自警団が距離を詰める少年との間に割って入る。
「何の用だ、ヒトマルハチ番!もう夜だぞ、持ち場を離れるな!!」
「ゴホッゴホッ…ねーちゃン!」
彼女は足を止めず、振り返る事もせず、その儘、開かれたバリケードを進む。
「ねぇーちゃン!元気でいてくれよ!必ず、必ずっ、ゴホッ、また…また、今度、いつか必ず、逢おう!」
「──
「!?」
「──」
背後でバリケードが閉じる鈍い音が響く。
夕闇の空に、あの少年の叫ぶ言葉が
──
何度も、何度も、虚しく夜空を駆け巡る。
無論、彼女の肩を引き留めるには及ばない。
孤独が彼女を
──村の外、夜の荒野
村を出て、荒野を歩む少女。
夜空に星は無い。
汚染された
一層、夜の闇は深く、墨を流した
夜目の利く彼女に、暗闇は何の障害にもならない。
アルビノの瞳にとって、夜の闇は、優しい。
日中のそれは、強過ぎ眩し過ぎる。
彼女にとって夜は、
当て
15分ばかり、方角を定める事もなく、唯々、黙々と歩を進める。
鋭い聴覚と危険を察知する感覚がずば抜けている彼女は、
村を出てからずっと
──下手な追跡…素人。
行き先を辿る為のものではない。
村から十分な距離を測る、そんな雑な仕方。
不意に少女の姿を見失った追跡者達が慌てた素振りの足音を搔き鳴らす。
実に無様な騒音。
遠くで微かに響くエンジン音では掻き消す事が出来ない程、バタついている。
小径からバラックの角に迄駆け寄った者達は、廃屋の壁に背を
「
「!?この娘、喋れんのかっ!?」
「
「あっ?な、なんて云ってるンだ?どこの言葉だ??」
「
「話せるんなら最初から話しやがれッ、この
見た事のある服装に装備、見覚えのある顔付き。
──自警団の闘士と捕獲者共。
1、2、3…全部で11人。
随分と鼻息が荒い。そう見える。
「よぅ、嬢ちゃん。言葉が分かるなら話が早い。ちょっと俺達の“相手”をして貰うぜ」
「…いいの?」
「ん?なにがだ?」
「──貴重な兵力が夜更けに村を空けて」
「なンだぁ?村の心配をしてンのか?」
「あーっはっはっはっ!心配すンなら、てめぇーの体の心配でもしてろよ、嬢ちゃん!」
「苗床から洩れた時点でお前は
「運が悪かったな!恨むなら遺伝子疾患を引き起こさせた両親を恨むンだな!」
「
「あぁ?ナニ云ってンだ、コイツは?」
「なンでもいいさっ!で、誰から“相手”して貰うか?」
「ンなら、俺から──」
30代と思われる自警団の一人が歩み出る。
だらり、と脱力したように項垂れる少女の左肩を掴みに掛かる。
掴もうとした手を上半身だけ僅かに左に捻り流し、左手の肘をほぼ直角に闘士の肘内側に擦り込ませ、同時に踏み出された左足脹ら脛下に右足踵をねじ込む。
刹那に少女は体を右に捻り、右足を引くと闘士はバランスを崩す。左フックと左猿臂を立て続けに打ち込み、追い討つ形で左裏拳を叩き込む。
──ぎゃああああああ!
仰向けに倒れた闘士が絶叫を上げたのも束の間、少女は左足を大きく一歩前に出し、そのまま体重を掛け、男の口と鼻辺りに膝を落とす。
鈍い音と飛び散る血、欠けた歯が転がり、闘士は気を失う。
ここ迄、10秒と経っていない。
「なンだッ!?柔道?柔術?合気道かッ!?」
「
併し、息巻く大男が躍り出る。
「聞いた事があるぞ、システマ。だが、俺は
大男は、右手を鋭く突き入れるように少女の胸元目掛け、押し掛かる。
少女は、左ショートアッパーで男の右腕を叩き上げると、透かさず右ショートフックを上腕と肘の間内側に打ち込み右腕を弾き、そのまま裏拳を右顔面に打ち込む。
打ち込んだ裏拳の甲を上に返し開き、そのまま背刀を男の喉仏に打ち付ける。同時に右足裏で男の右足アキレス腱を外側から踏み付けるように踏み込み、踵で添え木するように引っ掛ける。
大男は
少女は一歩踏み出すように倒れた男の鼻辺りを左足で踏み付け、右鉄槌を股間に叩き込む。
流れるような
スピードが違い過ぎる上、その小さな体躯からは想像出来ない程の
誰の目から見ても、到底素人とは思えない動きに男共は確信し、覚悟する。
「こ、こいつ…【
「…こうなったら一斉に
9名の男達が一斉に少女に襲い掛かる。
少女は、男達の攻撃を
打ち据えた者にも2度、3度追い討ちを掛け、顔面を、急所を、関節を砕く。
確実に、押し
少女は、何一つ感傷を抱く事も、表情を変える訳でもなく、淡々と男達の肉と骨を砕き、肉体の可動を奪う。
とはいえ、戦いを挑む力は奪ったものの、体を起こす程度の余力を男達に残してやる。
「命迄奪う
「……」
少女は、歩んで来た背後遠くにある村を指差し、語る。
男達は、無言。無論、痛みに
不意な違和感。
指差した方角の夜空が、僅かに赤く染まっているのを感じる。
──燃えている。
村を出た時に見た篝火では、あれ程空を染め上げはしない。
──全く、この男共は…
「見よ!あなた達の村が燃えている。下らない劣情に
「!?バ、馬鹿な──」
「今のあなた達では30分、
「……」
少女は、お尻や肩の埃をパンパンと
叩きのめした男達に興味はない。無論、村にも。
孤独な旅路に戻る様。
「──待ってくれ!」
「……
「…こんな事を頼むのは筋違いなのは分かっている……だが、頼む!あンたは、強い!村を救ってくれ!」
「
「ああ、分かってる…分かり切った上で頼む!村を救ってくれたら十分な水と食糧を約束する!頼むッ!!」
「水と食糧か──それでは足らない。
「血?…分かった、約束しよう」
「
傷付いた男達を
アスリートのそれとは違う。根本が違う。
猫科のそれを思わせるしなやかな、放たれた矢が
静かに、足音も無く、風を切る事も息を荒げる事もなく、瞬く間に、束の間に、彼女は闇に
──燃ゆるアサマ
村に
「焼けぇーッ!焼き尽くせーーッ!!」
ブラック・インペラトルの
村のバリケードは、怒り狂った殃餓共の前には、日差しを遮るカーテン程の効果もなく、あっさりと訳無く打ち倒され、宛ら、誘蛾灯に群れる羽虫の如く覆われ、自警団の抵抗空しく、放火と暴力、破壊と断末魔がアサマを包んでいた。
「ガキだ!
間もなく、留置場に押し入った殃餓の
「村の
「――
「テメェがこの村の長か。俺はブラック・インペラトルの族長、
「待つのじゃ。儂らが其方らを襲う事なぞ、出来る訳もなかろう。儂等定住の民が殃餓に手出し
「“いよ”だ!“いよ”と名のつく者を出せッ!!」
「!?…な、何を云っておるのじゃ?」
「――ぁあン?……ヤれ」
殃餓の手下一人が、捕らえた一人の少年の首を握る。
そのイカれた膂力に任せ、少年の首を
鈍い音等しない。
叫び声さえ上げる猶予さえ与えない、一瞬の出来事。
「待たれよ!」
「ぁあ?」
「大切な子供達の命を無闇に奪うのは止めてくれい」
「はぁ~?人
「
「人攫いが如き
「
「なンじゃそりゃ?死にかけの老い
「其方らの仲間を儂らが倒せる訳もなかろうに。怒りが収まらんのであれば儂を殺せ。それで帰ってくれ。儂らは無関係じゃ」
「はぁ~?じゃあ、誰が俺らの仲間をヤッたンだ、ぁあ~?テメェらの
「――心当たりは…ある」
「ンだとぉ~?だったら、それを早く云えッ!!」
「…云えぬ――確証は、何もないのじゃ…」
「!!ッテ、テメェ!
野牛と名乗ったその殃餓達の族長は、手近にいた少年を掴み上げる。
少年が首に着けている【108】と刻まれた錠前付き首枷をいとも
「おい、
「止めて下され!その子は、病に冒されているのじゃ…末期の
「はぁ~?ファーハッハッハッ!
「――」
「オラッ!早く犯人を云えッ、爺ィ~!!」
――た、助けて…
上空高くにリフトアップされた少年は、絞り出すようにか細く嘆く。
「――わ、分かった…」
「フン!最初から早く云ゃ~いいンだッ!」
「――し…」
「…し?」
「――
「?…しらこ?しらり?異邦人か??」
――わたし、だ!
炎上するバラックの明かりに照らされ、
妖精や天使を思わせる
「!?なンだ、このガキはッ??」
「ハッ!
「いくさひめ?…ハッハーッ、成る程ねぇ~、コイツがあの“
「
「噂の
おもしれぇ~!お前らッ、相手してやれ!」
3人の殃餓が少女の前に立ち
セスタスを巻き付け、ナックルダスター、マチェット、
――ダメだ、逃げてぇーーッ!!
族長に掲げられた少年は、必死に声を振り絞る。
「――」
「ヒャハハ、逃げてもいいンだぜ、嬢ちゃん?」
「――
「!!この、小娘がァァァーッ!」
不意に、
夜の
風、と評するには、不自然に
気付けば、殃餓の手にしていた物々しい凶器は
「!!?な、なンだコリャッ!?」
「そうなりたくなかったら、抵抗を止めなさい」
「うるせぇーーッ!」
――おいィ!テメェら、そのガキから離れろ!
野牛の
一瞬の
殃餓達と少女は擦れ違い、今や立ち位置は逆。
族長の前に踏み出した少女の後ろ、村長側に
――!?
少女の手は、緩やかに何かを掴んでいるような形。
それを手放すように開くと、形も
錯覚?
黒い塊のような、闇より暗い何かが、黒より
間もなく、交錯した殃餓達が絶叫を上げ、
血を流す事も外傷も無く、僅かな
「こ、これはッ!!」
白の少女は、野牛に歩を進める。
大胆に、力強く。
「──“イヨめ”…そうか。あのダイイング・メッセージ…
左右に分割された“白”の文字が片仮名の“イヨ”に、平仮名の“め”は元々、漢字の“女”。共に指で地面の土をなぞれば、崩れて“そう”見えても不思議じゃねぇ~。
即ち、“イヨめ”とは──“白女”!
テメェ~だったのか、仲間をヤッたのはッ!!!」
「初めから、わたしだと云ったろう」
「おい、テメェら、ヤッちまえ!」
取り巻く殃餓共は
肉食獣のそれを思わせる襲撃。
白の少女は微動だにせず、一言口ずさむ。
「影に
少女が動く。
炎上する家屋の炎が照らし出す少女の影は、誰の目を
足音も風を切る音も息遣いもしない。聞こえない。いっそ静か過ぎるが故、耳鳴りを覚える、それ程の静寂を引き摺り、少女は駆け巡る。
軈て、火の粉舞い散る炎の
――ぎゃあああああっ!
殃餓共の絶叫が
その
見渡せば、殃餓は族長の野牛を除き、全滅。
地獄絵図とは、今、この目の前の光景を云うのだろう。
「くっ…テ、テメェ~、ブッ殺してヤる!!!」
掲げ上げた少年の首を捻ろうとした
影が伸びる。否、錯覚か?
兎も角、少年の体は
まるで、イリュージョンのショーでも見ているかの様。
「!?な、なンだッ!!?」
少女は跳び込む。
族長の眼下、
――うおッッ!?
少女の色が
――人影。
正に、言葉の通り、人の姿をとった影が、族長の、野牛の体を摺り抜ける。
ギョッ、とするような感覚。
ゾッ、とする程の悪寒。
全身の細胞が泡立つような、体の芯から凍えるような、脳味噌が震えるような、金属片を噛み
「
――!!?
背筋を
背後に立つ少女へと振り向き、野牛は吠える。
「…ヘッ!お、驚かしやがって…ブッ潰してヤるァァァ!!」
腹の底から乾きが、喪失感が、無気力感が、暗黒感が、虚無感が、
痛い、痛い、痛い…
激痛と鈍痛がダブルで襲いかかってくる。酷い吐き気もだ。だが、何処が痛いのか、まるでさっぱり分からない。
分からないままに、
呼吸が出来ない。否、それどころか、心音が無い。
何かが、無い!
大事な何かが。何かは分からない。だが、確かに、無い!
――ああ、
そして、悟る。死を。
「
――ぐぎぃぃぃゃやああぁぁぁーーっっっ!!!!
白い少女の腕の中に、夜の闇が引き込まれるように収束し、軈て、黒い人型を
少女の腕の中のそれは、間もなく色を取り戻し、原形を
少年は汗だくで気を失っている。
少女は、その儘
「娘よ、村を救ってくれて有難う。心から感謝致す」
「
「――うむ、話を聞こう…」
──村の
少女の体には少し大きい
これだけあれば、暫くの間、活きて行ける。
荒野で襲ってきた自警団の罪については、約束の返礼を以て問わない事にした。
少女にとって、そんな
見送りは、いない。
村長と、そう約束したのだ。
気恥ずかしいなんて殊勝な思いはない。
只、
少女にとって、別れは、常に“孤独”でなくてはいけない。
孤独ではなくては、孤高たり得ない。
思い出は、作らない、
全ては、記憶の闇の中に
それが、
――だと云うのに…
あの少年が、
見送りは止めろ、と約束したのだが。
少年がごねたのだろう。
咳は止まっている、な。
――例外。
そう云う事にしておこう。
あまり、例外なんてものは作りたくない。
まあ、手に入れるものは入ったし、今くらいは、いいだろう。
――ねーちゃン!待ってくれよ!
「何も云わずにいなくなるなんて酷いじゃないか!」
「―そう?」
「有難うの一言も云えてないのに…」
「――そうそう…」
「え、なに?」
「君の病巣は、全て取り除いておいたよ」
「!!…えっ!?」
「手の施しようがない末期癌だった、と村長から聞いた。だが、取り除いたので
「!?ほ、ほんとに?」
「ああ」
「ど、どーやって??」
「――機密事項」
「…」
「長生きするといいな、少年」
立ち去ろうとする少女。
慌てた様子で少年が呼び止める。
「ちょっと待ってくれよ、ねーちゃン!」
「ん?」
「ねーちゃンの、その…呼び名を――名前!そうだ、名前を教えてくれよ…」
「――名前…」
「うん」
「…
「ノンナ?ノンナって云うんだね」
「――そう」
「そっか~、いい名前だなぁ~」
「――どうも」
「うん!ノンナ!凄くいい響きだよ、ノンナ!きっと、親御さン達はいい意味で名付けてくれたんだね」
「――まだ、聞いてなかったな少年…君の名は?」
「…な、名前――え、えーと……ひ、
「――」
「……ご、ごめん…名前は、無いンだ…」
「――そう」
「…うん」
「――トーヤ。この国の言葉の語呂合わせ、10(
「!?トシヤ!“としや”だね!ありがとー、ねーちゃン!!すげ~いい名前だよ、ありがとう。本当にありがとうよ」
「――うん」
少年が決意の表情で話す。
「…ね、ねーちゃン!」
「うん?」
「……オ、オレも連れていってくれよ!」
「――」
「…頼むよ!何でもするからっ!」
「わたしは、君の乳母でもなければ、母でもなく、姉でもない」
「……」
「――」
「……分かったよ…」
「…」
「オ、オレ、強くなるよ!」
「――…」
「強くなったら!強くなったら、ねーちゃンの側に置いてくれよ!ねっ?いいでしょ?」
「――強くなれたら…ね…」
「有難う、ねーちゃン!約束だよ、約束っ!」
「――」
「オレ、強くなるから!強くなって、ねーちゃンを守ってやるから!!」
「――…」
「ねーちゃン、またな!」
「――それじゃ、
「
――達者でなー!達者でなー!達者でなー!
──真夜中の荒野
――まだ、手を振っている…
あの子の視力で、
なのに、いつ迄もいつ迄も、馬鹿の一つ覚えのように、手を振り続けている。
あれは…あれでは、長生き出来ない。
折角、命を拾ってやったのに。
あんな甘ちゃんじゃ、今の世を生き抜いてはいけない。
尤も、あんな甘っとろい人攫いの村、遅かれ早かれ他の殃餓共に襲われ、滅びるだろう。
達者って、直訳すると、熟練者とか、その道のプロだとか、エキスパートだとか、そんな意味だった
わたしに、達者でな、って…
馬鹿、ね。
わたしを“守る”とか…本当、馬鹿な子。
達者、か…
なんか、いい響き。
たっしゃ……
タッシャ……
ターシャ……
トーシャ…
――
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
Конец, Нет! Нет! Продолжение следует!!!
白き戦慄のカプリース 武論斗 @marianoel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます