小鳥とヘミングウェイ

さて話を戻すが、お金に困っておらず、娘との付き合いもそこそこ長くて、

貧乏な詩人娘をそこまで嫌っていない彼を両親はそろって

"とっても良い人" と手紙に書いていた。全く現金な親だと思う。

でも、それも仕方ないのかもしれない。

娘が貧困にあえぐ前に、せめて普通の妻としてどこかの男性に

嫁いで欲しいというのは、まあ理解できなくもない。

まあそれに応えるかどうかは本人次第だが。

ちなみに次の行にも、彼を持ち上げる両親の気持ちが垣間見えた。


"本をよく読み、頭が良く、教養があって、無垢で優しい" と。


私が冷めているのかもしれないが、

そこそこの教育を受けた者ならみんなそうだろう、とも思う。

私自身、別に彼に特別な感情を抱いたことはないし、

少し年上の友人という感覚だった。それは彼も同じだと思っている。

そういうわけで 、私は、父母へこの気持ちをはっきり告げる所存である。

ひたすらに、その気持ちを、言葉を選びながら黙々と書き進めていた。


妙に鮮明な鳥の鳴き声が、すぐ近くで聞こえた。

羊皮紙から顔を上げれば、机のランプの上に小さな鳥がとまっている。

小鳥は逃げない。私の目を見て、不思議そうに小首を傾げた。

不思議だった。どうやって入ってきたのだろうか。

自然と、開け放たれた窓の方へ目が向いた。

男が身を乗り出していた窓。

男はそこにいない。どこに行った…?


「というわけで婚約の話はもう一度考えさせてください。

私にはまだ早いと思います。か。」


真後ろで彼の声がした。

その声が読み上げたのは、たった今、私が書いていた父母宛の手紙の最後の行。

そして合点がいった。

小鳥が入ってきたのは彼がさっき、

身を乗り出した時にうまくつかまえたのだろうと。


「この小鳥はあなたの仕業ね。

あと、人の手紙は勝手に読むものじゃないわ。」


昔から彼は、こういう些細ないたずらを良くする少年だった。

年を重ねて有名になっても人の本質というのは変わらないということだろうか。

机の端に積んでいた詩集達のうち、一番上の読みかけの詩集をその手紙の上に置いた。

うっすら埃をかぶった詩集の表紙には”ヘミングウェイ集”の文字。

いわゆるヘミングウェイの詩集が、手紙の全文を隠す。

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