第10話 雲を抜けたその先へ……
何というか、凄まじい景観であった。
ここは紛れもなく、岩山を掘っただけの洞穴である。
だというのに、俺の目の前には城や宮殿としか形容できない建物が存在していた。
2機のロボットが鎮座している先程の光景だけでも十分に怪しかったというのに、これでは最早悪い冗談のようにしか思えない。
華々しい外観が、逆に異常性を強調しているようであった。
『何やってるの? 早く入って来なさいな!』
入れ、とはこの扉を開けて、ということだろうか。
それはつまり、この扉は見た目だけでなく、本当に扉として機能しているということなのか?
……迷っていても仕方がない。
俺は意を決して扉をゆっくり開く。
やはりこの扉は見た目だけの飾りなどではなく、本当に扉として機能しているようであった。
それが逆に恐ろしい……
もし、開いた先の光景が城の内装そのものだとしたら、俺は卒倒するかもしれない。
「ようこそ我が城へ! 歓迎するわ! マリウス!」
扉を開けた先には、この城の城主であるシャルロット嬢が立っていた。
しかし、俺は彼女のことなど目に入らなかったかのように、周囲の様子を確認する。
(良かった、本当に良かった……!)
目の前に広がった光景は城の内装などではなく、鉄や機械を中心とした無骨な空間だった。
「フフン♪ 驚いたでしょ? 【シャトー】はね? 採掘用に広い空きスペースを持っているんだけど、そのスペースを利用して寝泊まりができるようになっているのよ!』
ああ、驚いたとも……
まさか、世の中にこんな無駄な機能が満載されたデウスマキナが存在するなど、露とも思っていなかったさ……
「水源があればシャワーも使えるわよ? ……私はね、将来チームを組んだ仲間と、ここで一緒に寝泊まりするのが夢だったの!」
開いた口が塞がらない、とはまさにこのことか。
実際、比喩的な表現などではなく、俺の口は開いたままの状態になっている。
今の俺は、大層間抜けな顔をしているに違いない。
「喜びなさいマリウス! アンタはここを利用する初めてのお客さんよ? 食事も私の方で支給するから安心していいわ!」
「俺が……、初めて……? 開拓者になって3年の間で、か……?」
「そ、そうよ? 何か文句ある?」
「……いや、その、光栄……、だ」
3年間、一度も他人に披露することのなかったという変形機構。そして客室。
何という無駄なのだろうか。
さっきまで散々出かかっていたツッコミの類が、強い脱力感によって霧散していく。
俺の返事に満足した彼女は、ウキウキとした様子で食卓に食事を並べ始める。
並べられた料理は、どれも携行食とは思えない内容であり、普段の俺の食事よりも豪勢であった。
食事を終えた後、俺は勧められるがままに備え付けのベッドを利用することとなった。
このベッドは上下二段になっており、【シャトー】の両脚部にセットされているらしい。
この部分と採掘用スペースをつなぎ合わせ、部屋として利用しているのだそうだ。
部屋も仕切りを使ってしっかり分けることができるらしく、自分も含めて最大5人まで寝泊まりできる、とお嬢は豪語していた。
ツッコミたいことはいくらでもあったが、そんな気力は既になく、俺は黙ってお嬢の説明を聞いた。
そして、お嬢はひとしきり説明を終えると、おやすみなさいと言って部屋を出て行く。
自分はコックピットの方で寝るのだそうだ。
俺は考えることを放棄し、脱力感に導かれるまま、お嬢自慢のベッドに突っ伏す。
ベッドは吊り下げ式の簡易なもののハズなのに、何故かフカフカである。
期待を膨らませた、開拓者として初めての活動開始日。
その日の夜は、何故か暖かな食事とフカフカのベッドで締めくくられたのであった。
◇
先日の夜は、何か悪い冗談だったに違いない。
俺はそう思うことで意識を切り替え、今日もこの絶壁に臨んでいた。
初めはどうなるかと思ったこのロッククライミングも、2日目となれば慣れたものであり、実にスムーズに登れている。
もう、お嬢に引き離されるようなこともないだろう。
そんな俺を見て、お嬢は再び「アンタ絶対おかしいわ」と言っていたが、こんなものは慣れる早さの問題でしかない。
自転車に乗れる者と乗れない者の差は、その大部分が"慣れ"によるところが大きい。
一度でも乗ることに慣れてしまえば、元々乗れていた者との差はほとんどなくなる。
このデウスマキナによるロッククライミングについてもそうだ。
お嬢の習熟度が俺を遥かに上回っていたならいざ知らず、少しかじった程度では、技術的に追い付くことは容易と言えるだろう。
(……ん?)
先程から少し周りが明るくなっているような気がしていたが、どうやら気のせいではなく本当に明るくなっているようだ。
状況を確認すべく外部カメラを外側に向けると、その理由はすぐに判明した。
(雲を抜けたか……)
凄まじい風の吹き荒れる【サンドストームマウンテン】の周囲には雲がほとんど無い。
しかし、それより少し離れた位置には、しっかりと雲が存在している。
外部カメラが映す映像には、その雲を上から見下ろすような景色が広がっていた。
正に雲海と表現するにふさわしい光景。
惜しむらくは、砂混じりの風のせいで、その絶景が霞んで見えることか……
『マリウス! 気づいたと思うけど、雲を抜けたわ! 今、大体標高2000メートルを越えた辺りね!』
2000メートルか……
随分な距離を登ってきたものである。
『あと少し登った所に段差があるから、そこで一旦装備を整えるわ!』
「装備を整える?」
『ええ! そこが私がソロで来れた限界地点よ! ……つまり、そこからが本当の勝負ってわけ!』
……成程。そこにお嬢がソロクライミングを断念するに至った、高難易度の壁が有るワケか。
つまり、パートナーとして俺の真価が試されるのも、そこからということ。
……自然と操縦桿を握る手に力が入る。
『そこさえ越えれば、嵐巣区画までは目と鼻の先よ! 優勝はほぼ確実だわ!』
「……しかし、ビル達は平気なのか? 俺には彼らの現在の現在地がわからんのだが……」
『私も正確な位置は把握していないわ。ここまで来るとレーダーもあてにはならないしね……。でも、昨日の時点でのアイツ等の位置から考えると今日中に嵐巣区画に到達するのは相当厳しいハズよ。ビルとトルクだけなら話は変わってくるけど、今回アイツ等はお荷物を抱えているからね!』
お荷物、か。
確かに、彼らの目的が他3名の優勝なのであれば、速度はそれに応じて下げなければならないだろう。
ビルという男の操縦技術は中々のものだったが、他の機体はいたって平凡な動きをしていた。
お荷物というのも、あながち間違った表現ではないかもしれない。
「……となると、やはり最大の懸念点は俺の腕、ということになるな」
この場合、こちらでお荷物になる可能性があるのが、俺という存在だ。
ここで俺がビレイヤー(安全確保者)としてしっかり働けなければ、折角のアドバンテージを活かせないということになる。
……それはつまり、俺の腕に優勝がかかっている、と言っても過言ではない。
『あら? 私は別に心配していないわよ? アンタの腕は間違いなく一流だもの! 私の目に狂いはなかったわ!』
……信頼してくれるのは有難い。
軍にいた頃も、部下達の信頼は俺に力を与えてくれた。
それをプレッシャーに感じることも勿論あったが、プレッシャーだってそう悪いことではない。
適度な緊張感は、集中力を増すことにも繋がるからだ。
期待やプレッシャーを力に変える術ならば、軍人時代に嫌という程学んでいる。
今更、精神面の不安など感じようハズもなかった。
鍛えられたこのメンタルの強さこそが、俺の真価だ。
優勝が俺の手にかかっている? 上等である。
『さあ、ここを乗り切って優勝するわよ! マリウス!』
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