第9話 赤いお屋根のお城
「窪み、ねぇ……」
俺達はお嬢の言う、窪みとやらに到着する。
ここにはしっかりとした足場が存在しており、休憩するにはもってこいのスポットとなっていた。
窪み自体もデウスマキナが入れるほどの広さ、深さがあり、風を避けることも可能と実に素晴らしい。
しかし、だ……
「なあお嬢、もしかしてココ、お嬢が掘ったのか……?」
『……そうだけど、何か文句ある?』
この窪みは、明らかに人為的に作られたものだったのである。
いやいやいや、いいのか? これって大会の前からの仕込みだよな?
それ以前に、クライマーとしてやっちゃいけない行為なんじゃ……
『いい? マリウス? この【サンドストームマウンテン】は保護区域でもなければ、どこかの国の土地ってワケでもない。つまり、基本的に何をやっても誰も怒らないわ!』
「……そういう問題なのか?」
『大会前にここへ訪れたのは偶然だし、その時どんな活動をしたかも調査報告としてギルドに提出しているわ! その際、地質調査の為に岩壁を削ったこともちゃんと記載してね! だから何も問題無いの!』
「そ、そうか……」
彼女は開拓者としての矜持を持っており、ルールやらモラルに厳しいかと思っていたんだが、どうやらそうでもなかったらしい。
まあ、ほとんど屁理屈とはいえ、融通が利かない真面目ちゃんよりは遥かにマシか……
『でも、2機だと流石に手狭ね……。もう少し削ろうかしら?』
「できるのか? 見たところ、掘削器具は無いようだが……」
これだけの岩壁を削るには、それなりの器具が必要となる。
特に、天然合金ともいえるこの【サンドストームマウンテン】の岩壁は、普通の衝撃で割ることは不可能に近いだろう。
『フフン♪ コレよコレ』
お嬢は【シャトー】の肩の突起をポンポンと叩いて見せる。
……まさか、本当にドリルだったりするのか?
『この【シャトー】に取り付けられた
「オリジナルの、デウスマキナか……」
オリジナルのデウスマキナとは、一般的に流通している人造デウスマキナではなく、遺跡などから発見された
『驚いた? マリウスも、この【シャトー】の凄さがわかったかしら!? さあ、少し避けていて! チャチャっと穴を広げちゃうから!』
俺は言われた通り少し退く。
手狭だが、ワイヤーをしっかりと張っているので、ビレイ(安全確保)については問題無い。
お嬢の言う通り、あの
わざわざ嘘を
しかし、削れているのは間違いないのだが、正直その速度は余り速くなく……、いや、はっきり言って遅かった。
俺は少し機体を屈ませ、掘削屑を拾い上げる。
「解析できるか?」
『可能です。取り込みを開始します』
拾った掘削屑が、浸透するようにマニピュレータに取り込まれる。
お嬢からは見えていないだろうが、この異常な現象を彼女が見たら、どういう反応をするだろうか?
『解析できました。性質的には鋼鉄とそう変わらない合金のようです。鉄――、に似た物質に微量の炭素、それに鉄そのもの。他にも1~2種類の成分が検出されましたが、私のデータに該当するものはありません』
「……よくわからんが、性質はほぼ鋼鉄と同じってことでいいんだよな?」
『はい』
なら、少し試してみるとしよう。
「お嬢、悪いんだが、今から俺が指示する場所を削ってくれるか?」
『? いいけど、何する気?』
「まあ、ちょっとしたお試し、というやつだ」
お嬢は首をかしげながらも(わざわざデウスマキナでやる意味は無いのだが)、俺の指示に従って岩壁を削る。
『これでいい?』
「ああ……。さて、この辺りでいいか……」
マニピュレータを岩壁に添え、お嬢との直通回線を一時的に閉じる。
「パンドラ、限定解除2番」
『了解しました』
回答とほぼ同時に、マニピュレータが黒から赤へと色を変える。
そして次の瞬間、マニピュレータが触れていた箇所にヒビが入った。
『えっ!? 今、何したの!?』
「……まあ、意図的に焼割れを起こしたってだけだ。大したことではない」
『焼割れ……? よ、良くわからないけど、これなら早く終わりそうね!』
お嬢が深く気にしない性格で助かる。
焼割れの詳しいメカニズムを説明しろと言われても、俺だって大まかにしか説明できないからだ。
とりあえず、この調子でどんどん削っていこう。
幸い、窪みの深さは十分にある。広ささえ確保すればいいので、そう時間もかからず作業は完了するだろう。
――――1時間後
2機のデウスマキナが入りきるだけの範囲を拡張し、窪みの入り口に特殊なシートで蓋をする。
これで風や砂は入ってこないし、安心して一夜を過ごせる。
ルート情報を確認する限り、進捗も上々である。
最初はどうなることかと思ったが、今ならあのお嬢さん信じて良かったと思える。
……そういえば、今日はこのまま各自飯を食って就寝ということで良いのだろうか。
その辺の話は全く聞いていなかったな……
モニタを確認するが、窪みの中は現在真っ暗なので、外の状況がまるで見えない。
俺は外の様子を見るために、外部ライトを点灯させる。
これで外部の状況が……、って、え?
モニタに映し出された映像。
そこには信じられないものが存在していた。
「お嬢……、そりゃあ、なんだ?」
『あら? 今気づいたの? フフフ……、これこそがこの【シャトー】の真の姿よ! 恐れ入ったかしら!?』
こればかりはもう、恐れ入ったとしか言いようがない。
いや、誰も思わないだろう? デウスマキナが、いつの間にかお城になっているだなんて……
『さてマリウス、さっさと降りてきなさい? 今夜は私の城に招待するわ!』
俺は何故か今日一番の脱力感を感じ、コックピットからずり落ちるという人生初の経験をするのであった。
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