第11話 立ちはだかるもの
お嬢の言った通り、ここからのクライミングは非常に厳しいものであった。
瓢箪のようにくびれた地形は取り付くのが困難であり、密着状態を維持できないため、バランスを取るのも厳しい。
しかも、風速に関しては恐らく80メートル近く出ており、一瞬でも油断すれば持っていかれかねない状況だ……
「クッ……、なんとか繋いだ、ぞ……」
俺は山肌にボルトを打ち込み、ワイヤーを通して安全面を確保する。
『オッケー、次は私が先に行くわね!』
そう言ってお嬢の【シャトー】が再び上へと登る。
俺達はこうして、ビレイヤーとクライマーを臨機応変に切り替えながらクライミングを続けている。
登り始めてから、もう既に5時間以上の時間が経過しているが、一体どれ程の距離を進んだのか俺には全くわからなかった。
お嬢が言うには、一応は順調ということらしいが、これだけ起伏が激しいとどれだけの距離を稼いだのか判断し辛い。
通常のクライミングであれば、こういった傾斜の激しいルートは、ムーブと呼ばれる動作を駆使して登っていくものだが、デウスマキナでそれを行うのはほぼ無理と言っていい。
いくらスラスターで補助しているといっても、基本はアームの力で登っている以上、どうしてもデウスマキナの重量は無視できない要素となる。
特に、俺達の機体は通常のデウスマキナより重量があるため、極端に荷重がかかるアクションをすると、いくら頑丈な岩肌でも剥離しかねない。
そのため、俺達はボルトやハーケンといった打ち込み器具を利用し、バランスと荷重を細かに調整しながらクライミングをしていた。
残念ながらボルトやハーケンは使い捨てになってしまうのだが、個人的には後で回収したいと思っている。
というのも、実はこれらにも【シャトー】の
はっきり言って、そんな高級品を使い捨てるなど俺には考えられない。
貧乏人である俺でなくとも、数本くらいは回収したいという気持ちになるのではないだろうか。
このワイヤーもまた凄まじい強度である。これだけの風を受けながらデウスマキナを支えるとなれば、破断荷重は数百トンあるに違いない。
……もしかすると、現時点で優勝賞金など話にならないくらいの経費が掛かっているんじゃと不安になる。
『よし! こっちはオーケーよ!』
「あ、ああ」
彼女の態度からは、そういった金銭面の負担をまるで感じられない。
本当に優勝することだけが目的なのだろうが、一体どれだけの資産家なんだか……
「次は俺がビレイ……!? お嬢! 避けろ!」
『へ?』
駄目だ、間に合わん……!
俺は瞬時にそう判断し、
直後、【シャトー】の頭部に、何かが直撃した。
『ちょ、キャァァァァァァーーーーーッ!?』
バランスを崩し、ずり落ちていく【シャトー】の腕部を、ギリギリのところで掴む。
いくらワイヤーで保持しているとはいえ、これだけの負荷がかかればボルトかワイヤーのどちらかがもたない。
その予想は正しく、【シャトー】を支えていたいくつかのワイヤーが引き千切れていた。
「大丈夫か、お嬢?」
『……へ? あれ? 私、生きてる?』
「ああ、中々危なかったがな……」
いくらデウスマキナでも、標高2000メートルを超すこの高さから落ちたら無事では済まない。
……いや、無事で済まないどころではないか。
この強風吹き荒れる【サンドストームマウンテン】では、満足に飛行も使えないため、確実な死が待っていただろう。
「引き上げるぞ。上のボルトを掴んだら、このワイヤーを仕掛けてくれ」
『ひ、引き上げ!? って、嘘でしょ!?』
お嬢の返事を待たず、俺は【シャトー】を強引に引っ張り上げる。
スラスターも全開に出力しているため
俺を保持したワイヤーも、恐らくはあと数十秒しかもたないからだ。
『つ、掴んだわ。もう平気よ……』
【シャトー】がボルトを掴んだのを確認し、俺はさらにその足元に新しくボルトを打ち込む。
「足場も作った。そのまま乗せてくれ」
『あ、ありがとう』
俺は【シャトー】がボルトに足を乗せるのを確認し、ようやく
大分エネルギーを消費してしまったが、一晩休ませたことで余力があるので、まだもつだろう。
『ね、ねぇ、マリウス? アンタの機体、一体なんの
「……レプリカだ。オリジナルのな」
一瞬どう答えるか迷ったが、とりあえず無難な回答をしておく。
オリジナルのデウスマキナ、そのリアクターのレプリカともなればかなりの貴重品だが、そうでもなければ先程の出力の説明が付かない。入手経路について問われると面倒だが、これ以上の言い訳は難しいだろう。
『私の機体より重そうだし、まさかとは思ったけど……、もしかして【アトラス】のレプリカなの?』
「……ノーコメントだ」
『何よ、ケチね……。でも、助かったわ。ありがとうマリウス!』
普通なら、もっと詮索されてもおかしくないというのに、お嬢はあっさりと引いてくれた。
こんなとき、細かいことを気にしないお嬢の性格には助けられる。
『ちにみに、【シャトー】は【ヘラクレス】の
そして、自身の情報は隠そうともしない……
信頼の証とも受け取れるが、恐らくはそうじゃない。
多分性格の問題なんだろうが、危なっかしくて心配になるレベルである。
『それにしても、さっきの衝撃はなんだったの? 避けろって言われたから、何かが飛んで来たんだろうけど、全然気づかなかったわ……』
「あれは石だ。人間の頭大くらいのな」
『……それであの衝撃? もしかして、既に風速100メートルを超えてたりするのかしら……』
可能性はある。それ程に今吹いている風は凄まじい。
『でも、よく気付いたわね? あのサイズの石じゃセンサーに引っかからないでしょ?』
「俺のレーダーは元々軍用でな。古い型だが、細かい情報も拾うことができる」
『成程……。じゃあ悪いんだけど、ちょっと警戒範囲を広げてくれない? 私のレーダーじゃ感知できないみたいだし……』
「了解した」
どの道そのつもりであった。
今のようなことが何度もあっては、流石にエーテル(エネルギー)がもたない。
『頼むわ! 私の予想じゃあと4時間くらいで登り切れるハズ……。もうひと踏ん張りよ!』
――――そして、お嬢の言う通り、その4時間後、俺達はついに断崖絶壁を登り切り、嵐巣区画の手前まで辿り着いていた。
『……やったわ! マリウス! ここまで来れば、もう山登りの必要は無い! あとは嵐巣区画の周囲を迂回していけばゴールよ!』
「ああ」
お嬢が興奮気味に声を張り上げる。
対する俺は冷静を装って相槌を打ったが、内心ではお嬢同様やや興奮気味であった。
何せ俺達は、あの地獄のようなロッククライミングを成し遂げたのである。
その達成感と安心感を考えれば、興奮するなという方が無理な話であった。
しかも、今俺達が立っている場所は、先程までの断崖絶壁とは違い、斜面とはいえしっかりとした地面が存在している。
デウスマキナ越しとはいえ、久方ぶりにしっかとした地面に足を付ける感触は、思わず小躍りしてしまいそうな程気分を昂らせた。
『さあ、行きましょう! マリウス!』
興奮冷めやらぬといった状態で、お嬢は機体を走らせる。
俺もそれに続こうとし……
外部モニタに、存在するハズのない機影を確認して足を止める。
『そうは行かねぇぜ? ブリエンヌのお嬢様?』
黒を基調としたカラーリングに、細身のフォルム。
しかし、それに反して力強い印象を与える攻撃的なデザイン。
俺達の進行方向で待ち構えているその機体は、見覚えがある――ビルという男の乗るデウスマキナであった。
『悪いが、ここから先には行かせてやれねぇなぁ……』
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